「じ…じゃあ、音村係長
これ、直ぐに手配やり直します。」
“エヘッ”と、ヘタクソな
作り笑いを浮かべて、
啓太が失敗作の名刺と
柏木君のジャケットの袖を摘み
ソソクサと事務所から退室する。
遠ざかる気配を他所に
まだ、ザワザワする室内で、
平静を装うだけで精一杯の私に
「音村。気を抜くな。
隙を見せんなよ。」
テルテルにしては厳しい一言。
周りに聞こえない様、
小声で発せられたソレが、
堪えていた目頭と喉の奥の
熱に揺さぶりをかける。
「…わかってるよ。」
…わかってるけど…
まだ、事業統合が終ってない事も
これからが本稼動だって事も
ちゃんと頭では
わかっているんだけど…
動揺しちゃうんだよ。
…まさか、管理部で研修中の
移管先の人間の中に
柏木君が含まれているなんて
誰も教えてくれなかったから。
心の準備が出来てないんだよ。



