黒いお姫様と学園の王子

所変わって教室―――


「ねぇ、あの撫子さんと話してる眼鏡なんなの?」
「編入生じゃない?何も知らないから撫子さんが教えてあげてるんでしょ」
「撫子さんお優しいですわ…別に教えなくてもいいのに」
「何も知らない方が楽だってのにね」
「ですが、あの地味眼鏡と一緒に入ってきた斑鳩様はお綺麗ですよね!」
「とてもお美しくて、見とれてしまいました!」
「斑鳩様も今日中には親衛隊が出来ますわ」
「まぁ!入らなくては!」

失礼すぎる程聞こえる会話に一緒に話していた薙ちゃんは顔を顰めた。
うわぁ~ストレス溜まりそうだが頑張りたまえ。

「ほんとこのクラスなんなの。訳分かんないルールに嫌気差すんだけど」
「ルール?」
「そ。入学式前に学園長に呼ばれた」
「えー…」
「理解不能意味不明な役に選ばれたー」
「は?役?劇でもするの?」

確かに意味は解らない。
役ってなんだろ…?

「俺、緑のおーじ様ー。greenprince?」
「なんだって?緑の王子様?」
「そー。なんでも…「それは本当ですか!?斑鳩君!?」…なに?撫子」

薙ちゃんがgreen princeと言えば、撫子は食い付く様に話に混じった。
何時の間に撫子を名前で呼ぶように!
………なんか淋しい…

「王子ですか!頑張ってください!私、親衛隊には入りたいとは思いませんでしたが、斑鳩君の親衛隊になら入りたいですわ!」
「は?なに?ウザい」
「あぁ!もっと言ってください!」
「ドM。変態。手垢に塗れてる手で触らないでくれる?」
「ドMで結構です!変態で結構です!」
「撫子ぉ!?ドMだったの!?変態ってことはわかってたけどさ!」
「いやだわ!アリスが意地悪な女王様に虐められて硝子の靴を履いて継母をドロップキックで倒したわ!」
「なんか色々混じってますけど!?頭大丈夫!?」
「心配するでない。撫子の脳内はいつでもどこでもお花畑だもんな?」
「うん、撫子は昔からね~色々と頭がおかしいんだ~」

お花畑…!
ダメだ、こいつ…!どうにかしないと!

お花畑と呼んだのは王寄葵(おうよりあおい)ちゃん。
女王様口調だが、先程少しだけ話しただけで常識人と解った。
女王様口調でさえなければ完璧にいい人だ。
中二病と呼んだのはライト・ルンペルシュティルツィヒン。
なんと、あの学園長の弟さんらしい。
しかし、けっして鬼畜でもドSでもない。
爽やかさなら氏家君にも負けない好青年。

撫子、葵ちゃん、ライト君、氏家君、不知火君、来栖君。
小等部からのよく言えば幼馴染み。悪く言えば腐敗するほどの腐れ縁。
私にも薙ちゃん以外にも2人程幼馴染はいるけど、そんなに連絡も取り合ってないし…
少しだけど、羨ましくなった。


「はや~、こはっち~、つっきー、よかったねぇ~お仲間ができたよ!王子様ァ♡なんつってー!」
「………」
「斑鳩君が……」
「なになにぃ~?何の話ぃ~?」


撫子が呼びかけると、3人とも様々な反応を示してきた。
まず不知火君。
どーでもよさげに無視をした。
次に氏家君。
興味深そうに此方へ近づいてきた。
最後に来栖君。
話の内容が解らないらしく此方へ近づいてきた。
ちょっ、なんで美男美女に囲まれなきゃいけないの。
この人達は周りの目を気にしないのか。
そうなのか。そうだったのか。
私の場違い感が半端ない。



「これで王子も4人に増えたな。まぁ、頑張れ斑鳩。妾(わらわ)は一様応援する」
「王寄…面倒な事押し付けられて頑張れると思う?」
「何だかんだ言って、やる羽目になるんだから。僕も最初は嫌だったけど、今は慣れたしね」
「斑鳩君になったんだぁ~…楽しくなりそうだねぇ~」
「嗚呼、ラプンツェル。どうして貴女は野獣なの?美しい毛並みに私の心はずっきゅんどっきゅんよ!」
「ねぇー葵ちゃん、撫子が壊れたまんまかえってこないよー」
「なに、撫子は通常運転だ」


混沌とした私の席周辺を散らした(蹴散らしたとも言う)のは根岸先生。
私、根岸先生に感謝しきれない…!
散らし方が荒っぽいのを除外すればだけど。


「―――じゃあ、今日はこれで終わり。さっきも言ったけど明日も授業はないからねぇ。明日は、新入生歓迎会と部活動体験の日だからねぇ。2・3年生は本気で君達を引き抜こうとするから精々気を失わないように!」


―――気絶するのか…!―――


一瞬、このクラスの全員の心の声が聞こえた気がした。
気を失わないようにって…一体何があると言うんだ…!


「今日は終わりとは言え、羽目を外さないこと!はい!サヨウナラ!」


なんとも簡単な終わり方だな。
席を立って荷物を取りに行けば薙ちゃんが根岸先生と話していた。
薙ちゃんはかなり真面目だったが、根岸先生はのほほんと受け答えをしていた。


「だからと言って…はないですって」
「仕方ないんだよね。学園長が決めたんだから」
「俺は兎も角………を巻き込むのは止めて下さい」


どうやら難しい話らしい。
私は薙ちゃんへ置き手紙を置くことにした。

《薙ちゃんへ 寮の部屋で待ってるよ。部屋は0314号室だからね》

少しだけこそこそしながら教室を出る。
どっからどう見ても怪しいけど、廊下には人一人いない。
廊下の静けさに私は焦った。
まるで沈黙が私を潰そうとのし掛かる空気が充満しているかのよう。


「嫌だな……」
「何か嫌なことがあった?」
「うわっ!吃驚したぁ…」


背後から話掛けられてビクついてしまった。
振り返ればつい先ほどまで一緒に話していた氏家君が立っていた。
両手に大量の書類を持っているので、先生の手伝いだろうか。


「氏家君…お手伝い?」
「そう…帰ろうとしたら、多学年の先生に書類を持ってこいって言われて…」
「あはは…手伝うよ。見るからに重そうだし」
「そう言って貰うと助かるよ…」
「少ししか運べないけどね」


持てる分だけ書類を持って氏家君と共に目的地へと向かう。
先程までほとんど接点はなかったが、書類のおかげで仲良くはできそうだ。
運び終われば、爽やかな笑顔と有難うを頂いた。
イケメンにお礼を言われると照れるね。


私はこの時、親衛隊の事を忘れていた事を、後々思い知る事になる。