学園長が諦めた様にそう言えば講堂内の3年生は歓喜の声を発した。
1・2年生の中にも学園長の言った意味が解った人がいたのか、口々に喜びの声を発している。
でも大抵の人は意味が分からずに首を傾げるばかり。
隣の撫子は前者で、私は後者だ。
何の事だかさっぱりである。


「この条件でいいな?異論は認めん」
「さっすが~!学園長解ってんじゃん!」
「それなら妾も条件を飲むとしよう」
「やれやれ…これで一安心だよ…」


先輩達も異論は無いらしく、少し話した後に自身の席へと戻っていった。
司会の先生が静かにする様に言えば、騒がしかった講堂内は一気に静かになった。


「…文化祭は2ヶ月遅らせて、8月に行う。それに伴い、今年のみ《学園内美男美女大会》を開催する。出場したい者は7月中に生徒会室に出向いて手続きをしろ…。くれぐれも羽目を外さぬ様、文化祭を成功させろ」


10秒ほどの沈黙の後に、全校生徒(一部を除く)は歓喜の雄叫びを上げた。
《学園内美男美女大会》は私でも知っている。
というか、この学園の付近の人は皆知っている。
それ位有名な催し物だ。



学園内美男美女大会―――

伝統のある催し物だが、数年前、羽目を外した生徒により、翌年から中止となった文化祭の一大イベント。
美形が集まる学園で、外側だけに限らず、内面も審査対象となり、その年の優勝者が決まる。
女子も男子もフリーターから大富豪まで楽しむを第一に、大会は行われる。
優勝者は注目の的となり、噂ではモデルの話も出るらしい。
兎に角凄いらしい。
出る人は後を絶たないとか。
出る勇気ある人を尊敬するよ…



「撫子出たら優勝しそ~」


と、撫子に対して軽く言ってみれば最高の笑顔が帰ってきた。


「こんのすかぽんたんめが」
「古い!撫子!それは少しばかり古いよ!」
「えっと…では…フライパンで殴りますわ!」
「ダメ!致命傷になるから!」
「的は駄目が多すぎです。人間、何もかも規制してしまえば生活は楽になるとは思えません」
「撫子は世の中の常識を知るべきじゃないのかな!?」
「つまらないじゃないですか?」
「疑問符付けて返さないで!」
「では、つまらないじゃないですか!」
「感嘆符付けても変わらない!」
「やけにお堅い精神をお持ちですわね。私の様に削って彫刻にしてはいかがでしょう」
「石像でも造れってか!?」


誰か…!
大和泉撫子さんに一般世間の常識というものを教えてください…!
私では無理でした…!


「そう怒らずに。老化が早まってしまいますわ。まぁ、的なら60歳過ぎてもピチピチの肌でいれそうな気がしますが」
「そうなったら我ながら気持ち悪くなるなぁ」
「あら。褒めていますわよ?」
「なんだか嫌味たっぷりに聞こえる」


話してみると、撫子はそれなりに性格が悪いという事が解った。
解りたくもなかった。
知りたくない!


「入学式も終わりましたし、教室に戻って根岸が少し話をして終わりですわね。的は何かご予定ありますか?」


えっ?撫子今根岸先生呼び捨てにしたよ?



「うん。薙ちゃんと部屋の荷物の整理」
「あら…明日その時のご様子を全て教えてくださいね?」
「…………」
「では斑鳩君に教えてもらいましょう!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「どんまい…撫子…」


どうやら話に夢中になりすぎて、撫子は背後にいた根岸先生に全く気づかなかった様だ。
他の新入生も何事かとこちらを見ている。
注目の的が先輩方から私達に注がれている。
撫子も流石に黙った。
そりゃ、笑顔の根岸先生の裏に般若仮面が浮かんでるんだもん…
怖い。果てしなく怖い。今ならゾンビ見ても驚かない。
根岸先生がラスボスすぎて泣けてきた。
しかし。
撫子は強かった。
怯んだのは一瞬だけで、般若な根岸先生に睨みを効かせた視線を送った。
女って強い。


「喋り過ぎだよ~?2人とも?」
「般若には言われたくはありませんわ」
「ちょっ、撫子!?先生にそれはないって…」


あまりに強気なので、逆にこちらが心配してしまう。
先程まで注目を集めていた学園長はどこ吹く風。
全く気にしていない。
というかうっとおしいと言わんばかりに顔を顰めている。
いや、あんたがどうにかするべきだろ。そこは。


「…ガールズトークに混ざろうとする男性は忌み嫌われてしまいますわよ。なんなら私が忌み嫌ってあげますわ」
「嬉しくないね。全く嬉しくないよ。ガールズトークにしては一方的にマシンガントークしているだけじゃないですか」
「フンッ…学園長の言いなりが」
「お褒めいただき光栄ですよ。…――――」


般若先生は撫子の耳に顔を近づけ何かを言った。
途端に、撫子の瞳が見開かれる。
そして、瞳には憎悪の色が宿った。
遥か昔から根岸先生を恨んでいる様な。
瞳は黒く濁っている。


「……おい、輝彦、入学式中だ。閉会はしたが、教室に戻るまで入学式と思え。いいか、遠足と同じと捉えろ」


その入学式を閉会の言葉寸前でぶち壊しにしたのはどこの誰だ。

皆そう思ったであろう。