毎日だっていいくらいなのにせいぜい毎週会えたらいい方で、デートだって頻繁にできない。それでも焦らないと決めたのは少しずつでいいから二人でいる時間も二人でいない時間もお互いを思いながら時を重ねて行く事で近づいていくことがあると思えたからだ。でもそれは地球を半回転もした向こう側とこちら側でする恋の話ではない。

もう直ぐ仕事納めだ。デスク周りを片付けながら、年末年始の予定というよりもこれからの恋の行方について悶々と考える。クリスマスも会えなかった。仕事納めに向けてますます忙しい穴瀬に電話しても早々に切られるのが目に見えてるし、異動の話があってから何となくどうしていいのか分からなくて電話を掛けられない。

「会いたくないってこと?」
「そうじゃないけど」

そうじゃないって・・・つまり、会いたくないわけじゃないけど、ということだけど。

経理兼庶務の女性がバタバタとケータリングの手配をしている。「忙しいから話しかけないで」オーラが凄い。石岡は、静かに立ち上がって彼女の方へ向かう。こういうときは仕事に夢中になるに限る。

「俺、何かできることないですか?会議室の掃除、やってきます?飲み物とか、買いに行ってきますよ」

助かった!という顔をした彼女がメモを書くと言ってデスクに戻る。石岡は掃除用具が入ったものいれから雑巾を出して、会議室の掃除に向かった。丁寧に机を拭く。合皮の椅子の背、座、雑巾はあっという間に汚れていく。何枚も何枚も洗いながら丁寧に拭いていく作業は単純すぎて穴瀬を頭から追いやるほどではないけれど、それでも悶々とそんなことばかりを考えているよりマシだ。

「きったねえなあ・・・」

ボヤキながら、12脚の椅子を拭き終わって、経理兼庶務の女性から受け取った封筒とメモをポケットから出して眺めた。

事務所を出て五分ほど歩いたら、寂れた商店街がある。その中ほどに大きな通りがクロスしていて大きな通り沿いにちょっとした大きなスーパーがあった。石岡はもう一度メモを取り出してカートに二つバスケットを入れると(経理兼)庶務の女性が書いてくれた詳細な店内図面を確認しながら買物をする。左から二番目の棚にあるナプキンを2パック、奥の棚に移動してプラカップを二パック。紙皿。棚を二つ移動して日本酒、ビール、その奥へ移動して2リットルのペットボトルのお茶、ジュース、コーラ。さらに奥に進んでスナック類を少々、煎餅、乾き物。この辺は任せる、と書いてある。

石岡はお菓子の棚をずーっと移動しながら甘いものとしょっぱい物をバランスよくカゴに入れた。最後に老舗のパイ菓子を入れる。森川がそのお菓子を好きなことを知っていたからだった。

森川に相談してみようか、とふと思う。でももちろん、そんなことしたいわけじゃない。石岡はカートをレジの方へ押しながら、これ全部持てるのかな・・・思う。

***

「今年は石岡くんがいて助かったーーーー!!!」と、ビールをあおりながら経理(兼庶務)の女性が言った。「まあ、飲んで飲んで」透明のプラカップを石岡に持たせて慣れた手つきでビールを注いだ。ビールは苦手だな、と思うけれど黙って適当に口にする。どうせお酒を楽しむ場所ではない。

営業の男性が二人窓際で飲んでいた。一人のプラカップのビールが泡だけ少し残っているのを見ると、石岡は缶ビールをテーブルから取って彼らの方へ向かった。「お疲れ~」「お疲れさまですー」どちらともなく言ってお互いを労う。年末年始の予定やら普段話さない個人的なこと(一人暮らしなのか、とか実家はどこなの?だとか)そんな話をして、大して興味もないのかもしれないのに案外そんなことを知ってまたひとつ彼らと仲良くなったんだなと思う。隠すつもりもないらしく恋人の事などを聞いたりするのは今の石岡には少し羨まし過ぎて、軽くなったビールの缶を注ぎ切って、缶を棄てるふりで彼らからそっと離れた。

テーブルの上に開いた缶がいくつかあるのを石岡はそっと取り上げて行き、空になった缶を見つけてはそっと窓際の出窓の方へ持って行ってケータリング会社が持ってきたアルミニウムの大きな盆の上に乗せた。そっと部屋を出て缶を洗おうと給湯室へ向かうと、男子トイレから森川が出てきたところに出くわした。

「おう!」

「あ、森川さん。」

「相変わらず小まめだなあ・・・」

「あぁ、いや。なんかやってたほうが気がまぎれるんですよ。」

「・・・・。また何かあったのか・・・。」

石岡は黙って俯いた。

「聞かないよ。今日は。仕事納めだからね。お兄さんの仕事も納めます。俺も恋心をそろそろ納めるべきなんだろうけど、納める気もないし。そんなにお人よしじゃない、ってところも見せないとね。」

そう言って森川はぽんっと石岡の肩を叩くと会議室の方へ向かっていった。アルミニウムのお盆の上で缶ががさんがさんと音を立てる。石岡は給湯室で缶を一つ一つ洗いながら自分の苛立ちや切なさも水に流れるように祈った。