ハサンが帰った後のテーブルは、食器を下げるだけできれいになってしまうほど整然としている。椅子まで元のように戻してある。いろんな人がここに来て、いろんな帰り方をしていく。ハサンのようにきれいに帰っていく人もいれば、ものすごく乱雑なテーブルもある。きっとハサンは几帳面で丁寧な性格なんだろうと思う。
わたしはハサンの座っていたソファに座って、窓の外を見る。狭い路地の道の向こう側には首くらいの高さのブロック塀があり、その足下の草むらには百日草が咲いていた。
「ねえマスター。ハサン、手紙書いてたね」
窓際の席に座ったまま、わたしはカウンターの向こうのマスターに話しかける。マスターは洗い終わった食器を拭いて棚に戻している。
「ああ」
「手紙なんて、いまどき誰に書いてるんだろう?」
「ひいは手紙を書いたことがないのか?」
「そんなことないけど。中学のときのバレンタインとか、年賀状とか。それに今はメールとかラインだってあるし」
「そうか。でも紙に自分で書いた字じゃないと伝わらない種類の気持ちがあるだろ? ポストに入れて誰かに届けてもらわないと伝わらないものもある」
「マスターは手紙を書いたことがあるの?」
「もちろんある」
「誰に手紙を書くの?」
「手紙を書く相手というのは、いつも大事な人だ」
「ふーん」
テーブルを拭きながら、わたしは考える。わたしが手紙を書きたい人は誰だろう? そして家に帰って手紙の続きを書いているハサンのことを思い浮かべる。
