りんどう珈琲を出ると、雨あがりの湿気をまとった風が吹き抜けていった。空気に留まった雨の匂いと、夜の匂いがする。今日は雨で自転車で来られなかったから、わたしは歩いて帰る。路地を出て、国道へ続く細い坂道を曲がるとき、振り返ってりんどう珈琲を見る。そこにはまだオレンジ色の暖かい光が灯っている。わたしはカウンターでビールを飲んでいるマスターのことを考える。
「わたしはまだなにも手に入れていない。でもまだなにも失っていない。わたしはからっぽなんかじゃない」
わたしは声に出してみる。そして潮の匂いのする国道への坂道をくだる。
りんどう珈琲 第1話 おわり
