志穂との電話が終わり、一階へ下りてリビングへ行くと、ソファーに座ってテレビを観ている母親と、弟の剛史(たけし)の姿があった。


「ただいま……」

「あら、お帰りなさい。ご飯は食べて来たの?」

「うん、軽くね……」


本当は食べていないのだが、食欲がないので加奈子はそう答えた。


「姉貴さ、あいつの名前、何ていうの?」

「えっ? な、何のこと?」


剛史のいきなりな質問に、加奈子は思わすハッとなった。“あいつ”とは、いったい誰の事なのか……


「姉貴をここまで送って来た男だよ。イケメンの若そうな男」

「あんた、見てたの!?」

「ちょうど俺も帰って来たところだったんだよ。遠目でよく見えなかったけど、知ってる奴に似てたんだよなあ」

「志穂さんのご主人じゃないの?」

「えっと、それは……違うの」


母親も剛史も神林祐樹の顔は知らないはずだから、『そうだ』と言ってもばれないだろう、と一瞬加奈子は思ったが、嘘ばかりつくのは嫌だからそれを否定した。


「そうなの? じゃあ、どちらの方なの? 加奈子は今日、志穂さんのお宅に行ったんじゃないの?」


母親も剛史も、テレビそっちのけで加奈子の答えを待っている。


(ああ、困ったなあ。嶋田君の事、どう言えばいいんだろう……)