加奈子は、ビルの最上階へ来ていた。そこは窓ガラスに面してベンチが置いてあり、そこからの眺めはパノラマのように素晴らしく、通称“展望台”と呼ばれる、加奈子のお気に入りの場所だ。

昼食時はベンチの確保が難しいほど人気の場所だが、それを過ぎた今は誰も居ず、加奈子は独り、人目を気にせず涙を流していた。


(ああ、情けない。会社で泣いたのって、新入社員の頃以来だな……)


加奈子は、昨夜の残業が無駄だった事もそうだが、西村から素人呼ばわりされても反論出来なかった自分が更に情けなかった。早く仕事を覚え、書籍課の主任として、西村や他の部員達と対等に渡り合えるようにならなければ、と思った。


とそこへ、コツコツとこちらに向かって歩いて来る靴音が聞こえ、加奈子がそちらに顔を向けると、笑顔の大輔が近付いて来ていた。


「嶋田君……?」

「やっぱりここでしたね」

「“やっぱり”って……?」

「僕、主任がここによく来るの知ってますから」

「どうして……?」

「他にも色々知ってますよ。主任の事……」

「………?」


そう言われても、どう返していいか分からない加奈子だった。


「仕事に戻らなくちゃ……」


加奈子はベンチから立ち上がろうとしたが、その肩を大輔の大きな手がそっと押さえた。


「まだいいじゃないですか」

「え? でも……」

「主任、目が真っ赤ですよ? だから、もう少しここにいましょうよ?」


大輔はそう言って加奈子を座らせ、自分もその横に腰を下ろした。