その日の午後。加奈子は、香川から言われた仕事に集中していた。

その仕事とは、秋に行う文庫フェアの商品選定で、加奈子個人の判断に委ねられた仕事をするのは、営業部に来てからは初めての事だ。最近の売上データと在庫状況を睨んで商品選定を行うのだが、こと在庫に関しては加奈子が最も得意とするところであり、謂わば“腕の見せ所”だ。


香川と言えば、昨夜の事や今朝の志穂との会話から、顔を合わせづらいのでは、と危惧した加奈子だったが、意外にも香川の態度はいつもと変わらず、まるで昨夜の事はなかったかのようで、“意識しすぎかな”と思う加奈子であった。


その香川が会議のために席を離れている時の事。宣伝課の西村が、加奈子の横に座る大輔の元へやって来た。


「嶋田君。いつものチェックをお願い……」


自分の仕事に集中していた加奈子だが、西村が言った“チェック”という言葉に反応し、手を止めてそちらに顔を向けた。


「ああ、月報のチェックですね。分かりました。チャチャッとやっちゃいます」


(えっ? 月報のチェックなら、昨夜の内に私がやったのに……?)