時刻は既に夜の9時を回っていたが、加奈子はまだ仕事をしていた。課長の小林も上がると、とうとう職場には加奈子一人になってしまった。ちなみに香川と大輔は、行き先は違うが二人とも地方へ出張していた。


(ああ、疲れた……。でも、もう少しだから頑張らなくちゃ)


その日、遡ること約2時間前。加奈子がそろそろ帰ろうとしていた時、宣伝課の西村が加奈子の席へやって来た。


「岩崎さん、悪いんだけどコレのチェックしてくれない?」


そう言って、西村は加奈子の机に紙をパサッと置いた。というか放った。それは『新刊案内』と書かれた8ページ程のパンフレットで、通称『月報』と呼ばれている物だ。


『月報』は、加奈子が勤める出版社が来月どんな書籍を出版するか。それと若干のお知らせ等が記載された重要な印刷物で、その前の月に全国の書店に配付されている。

それを制作するのは宣伝課の仕事だが、最終チェックは書籍課の仕事だ。


「いつもは嶋田君に頼んでるんだけど、今日は彼、出張なのよね? だからあなたにお願いしたいの。“上司”のあなたに。明日までにお願いね?」


と、西村は“上司”の部分を強調して言い放つと、加奈子の返事を待たずにさっさと背中を向けた。


“明日まで”と言われたが、明日の何時かは言われなかった。という事は、明日の朝一番の可能性もあるわけで、だとすると今夜の内に終えなければいけない。


そう思った加奈子は帰るのをやめ、すぐにチェックに取り掛かった。実は加奈子を妬む西村の嫌がらせだったのだが、それを知る由もない加奈子であった。