私、何聞いてるんだろう……。
抱きしめられている腕の暑さに大人しくしていると、堤所長は小さく笑いながら身体を離した。
そして私の顔を覗きこむと、少し悲しげな顔をした。
「彼女なんていない」
「え? でもこの部屋……」
さっきまでの勢いがある物言いが消えスッと目を瞑ってしまうと、それ以上は何も言えなくなってしまった。
私は言ってはいけないことを言ってしまったんだろうか。
堤所長には彼女がいた。それは間違いない。
でも堤所長はいないって言う。それも悲しそうに……。
胸がチクんと痛む。
堤所長、まだ別れた彼女のことが忘れられないんだ、きっと……。
私にキスしたのは、その人の代わり?
だってさっきのキスからは、優しさと一緒に苦しげな想いが伝わってきてしまったから。
だからかな、私も苦しい。
堤所長の顔を見つめ続けていると、ふと口の左端に切れている傷があるのに気づいた。少し赤くなって腫れている。
昼の時までは、こんな傷なかったはず。いつできた傷なんだろう。
無意識に手を伸ばすと、その傷にそっと触れる。



