しかし家に送ってもらうためには、いつまでも俯いている訳にはいかない。
堤所長に顔を見られないよう窓の方を向きながら顔を上げると、自宅に帰るためには右へ曲がらないといけない信号が近づいてきていた。
恐る恐る、堤所長に声をかける。
「あのぉ、堤所長? あの信号を右折してもらいたいんですけど……」
私の声に何も返事をしない所長は赤信号で車を停めると、チロッと一瞬だけ視線をこっちに寄こした。でもそれをすぐに正面に戻すと、信号が青になった途端車のギアをガチャガチャと入れ変え、猛スピードで車を走らせた。
路面が雨で濡れているせいでタイヤが少し滑りながらも、だんだんと加速していき、その重力に身体がシートに押し付けられる。
あまりのスピードに息を呑み、目を瞑って肘掛けにしがみついた。
恐怖で声が出なくなっていると、堤所長のわざとらしい声が耳に届く。
「ごめんな、菜都。右に曲がれなかったから、このまま俺の家に行くわ」
「しょ、所長っ!! それって、絶対にわざとですよねっ? そ、それに、こんな雨の中、このスピードじゃ、き、キケンですっ!!」
なんとか頑張ってそう言うと、堤所長のあり得ない返事。
「大丈夫。運転上手いし、俺を信じてればいいんだって」
いやいや、そういうあなたが一番信用できないんだってっ!!
私の必死の願いも虚しく、車は雨の中をフルスピードで街を駆け抜け、あっという間に堤所長のマンションに到着してしまった。



