目の前には美味しそうな海鮮丼があるのに、食べても全く味がわからない。
それは龍之介も同じみたいで、さっきから箸を口に運んでは小さく溜息をついていた。
「龍之介さん、どうかしたの?」
清香さんがそう聞けば、笑顔で「大丈夫」なんて答えているけど。
弘田さんといえば、そんなことお構いなしに豪快に海鮮丼を食べている。
「おい堤、清香との結婚式はいつになるんだ?」
結婚式───
その言葉に身体が固まる。持っていた箸が、バラバラと音を立てて床にに転がり落ちた。
「市川さん、大丈夫?」
弘田さんの声に我に返ると、慌てて箸を拾い上げた。
「だ、大丈夫です。箸、替えてもらってきますね」
席を立ちテーブルを離れようとすると、パシッと腕を取られる。
「菜都さん、僕が行ってきます。席で待ってて下さい」
「でも……っ」
龍之介が私の腕を掴む力を強めた。それは腕が軋むほどで、思わず顔をしかめてしまった。
「ごめん。いいから、とにかく席で待ってて」
腕を離すと、足早に部屋を出て行った。
もう限界。この状態に耐えられない。
「すみません。ちょっと気分が悪いので、先にバスに戻ってますね」
顔を見られないように俯いてそう言うと、急いでその場を離れた。



