大急ぎで旅館内を走りぬけ自分の客室に駆け込むと、畳の上にしゃがみ込む。
大きく息を吸いゆっくり吐き出すと、乱れた呼吸を整えた。
「追いかけても来てくれないんだ……」
追いかけてきて欲しかったような、来てほしくなかったような。矛盾した気持ちが、私の心を支配している。
目線を下げると、胸元が派手に濡れていることを思い出した。
「着替えなきゃ」
何もやる気が起こらなくなってしまった重い身体を起こし、客室の隅にあるクローゼットを開ける。
使ってない新しい浴衣を見つけると、濡れている浴衣をバサッと畳に落とした。
その時ふと、胸元に残る紅い痣が目に入る。それをそっと指でなぞると、身体の中心がキュンと疼いた。
「龍之介のバカ」
こんなところにキスマークを付けて、「俺のもんって証」なんて言ってたくせに……。
龍之介のどこを見て、信じろって言うのよっ。
イラつく気持ちを抑えつつ新しい浴衣を着ると、隣の部屋にあるベッドに寝転んだ。
きっと宴会は盛り上がっているだろう。私ひとりくらいいなくたって、どうってことないよね。
もう今日は、誰の顔も見たくない───
這うように身体を動かし、ふかふかの掛け布団の中に潜り込むと、何も考えなくていいように固く目を閉じた。



