『会社まで乗せていく』


龍之介のあり得ない言葉をなんとか説得し、会社手前の狭い路地で車から降ろしてもらうと、そこから歩いて会社に向かった。


会社を休んだのはたった一日。なのに会社の敷地内へ入る門の手前で、足が止まってしまう。


一昨日からいろいろあり過ぎて、龍之介との関係が微妙に変わってしまった。


さっきまで一緒にいて、“龍之介”なんて呼んでいたのに(いや、呼ばされていたと言うべきか)、ここから一歩足を踏み入れれば“堤所長”と呼んで、今までどおり振舞わなければいけないなんて……。


『誰にも言わないで』と今回のことは秘密でとお願いしたのに、何だかボロを出しそうなのは私の方だよ。


憂鬱な溜息をつき、気持ちの切り替えを出来ないまま門を通り抜ける。


それでも事務所のドアを開けると、いつもの笑顔を見せて中へと入った。


「おはようございます」


普段より少し遅めの出勤時間になってしまい、未歩ちゃんがデスクからこっちを振り返った。


「菜都せんぱ~い、おはようございます。もう風邪は治ったんですかぁ。未歩、心配しちゃいましたぁ~」


ホントかよっ!! なんて心の中で突っ込みながら、でもいつもの未歩ちゃんの喋り口調にホッとする。