『ねぇ、なんて呼べばいい?』
「お好きにどうぞ。」
『素っ気ないなぁー』
電話越しで君が笑う。
『じゃぁ、誠一。』
ぴたっと自分の動きが止まるのがわかった。
何故、どうして?
「きみの、友達の名前だろう?」
必死に絞りだした声は掠れていた。
『そうなんだけど、なんか似てるなって思ったの。性格とか。』
似てるいも何も、「誠ちゃん」僕自身なのだから当たり前のことなんだけども。
「君はどう呼んでほしい?」
『未歩』
彼女はそうつぶやいた。
「本名?」
『違うわ。』
彼女は、嘘をついた。
未歩と言うのは彼女の名前だから。
『ねぇ、誠一はどこに住んでるの?』
「今は北海道。」
『ねぇ、誠一の話聞かせてよ。』
突然のことで僕は口を開けてまま、呆然としてしまった。
僕のことを?
僕が話すのを待っているのか、電話の向こうの彼女が無言になった。
彼女はこれから先の"僕"を今の僕を知ることが出来ない。…僕のせいで。
話したい、知ってもらいたい。君のおかげで、僕は生きていると。
『北海道って言っても方言ないのね。』
「生まれは東京だから。」
『本当!?私の友達に、高校北海道に行くって言ってる人がいるの。』
そりゃぁそうだろう。僕なんだから。
『誠一に逢ってみたいな。』
ポツリと彼女は呟いた。
どくり。その言葉を聞いて心臓が一際大きく鼓動した。
『ねぇ、いつか逢おうよ』
鼓動が更に速くなる。
息が喉の辺りにつっかかえていて苦しい。
「いつか、ね。」
そう誤魔化すことしか今の僕にはできなかった。
『誠一?』
僕を呼ぶ声が聞こえる。考え込んでしまうあまり、無言になってしまっていたみたいだ。
「どうしたんだ?」
『いきなり変なこと言ってごめんね。』
変なこと、とはさっきのことだろう。
別に君のせいじゃない。心臓の鼓動は大分、落ち着いてきたが代わりに締め付けるような痛みが襲ってきた。
悲しそうな彼女の声を聞いても僕は何も言うことが出来ない。
何も…出来ない。あの時、彼女を助けることが出来なかったように
『誠一?』
「ごめん未歩。また明日。」
『誠一!?』
電話が切れる。
こんな時間なのに眠気など襲ってこない。襲ってくる感情は後悔。
悔しくて、哀しくて。
(変えたいけど変えられない。変わらない)
(弱虫な"僕"は、何も出来ない)
僕は気付かなかった。
携帯のディスプレイに表示されている数字の3が赤く光っているのを。