俺は今まで、後悔はしたことはなかった。
たとえどんな結果であったとしても、そこにたどり着くまでの間、必死に努力してきたのだから。
運命の女神がいつも気まぐれでも、俺は次のチャンスに賭けてきた。
でも今度ばかりは、そうもいかないようだった。
その時はじめて、玲美を取り戻すためには、
これが最後のチャンスだったってことに気づいたから…。馬鹿な自分を責めた。
生まれて初めての後悔は、押しているバイクの重さより、はるかに重いものだった…。

「ちくしょう…」
直人は声にならない言葉を発した。
「ちくしょう…」
レースをあきらめればよかったのだろうか。そして今頃、普通の生活に戻り、玲美と幸せに生活しているべきだったのだろうか。でもレースと玲美、比べられるわけがない。直人は思い返していた。
”両方っていうのは贅沢なのか…”
あの時直人は、本当にそう思っていた。レースも玲美も、手放すことはできない。そう、直人にとってはかけがえのないものだったから…。だからこそ直人はレースを選んだのだった。それは、きっと玲美が帰って来てくれるだろうと思ったからだ。傲りなのかもしれないけど、彼女が直人を選んだわけは、直人が今の直人でいるからだと思ったからだ。でも、それは大きな間違いだったのかもしれない…。直人は考えるのをやめた。マシンを持つ手に力を入れた。少なくともレースという希望だけは捨てまい。それだけは放すまい。そう思って直人はただ、ゴールラインを目ざした。今はただひたすら真っ直ぐに、今はただひたすらゴールラインを目ざして。それが直人にできる最良の生き方のはずだ、そう思ったからだった。
そこで誰が待っているか知らずに直人は、レースという希望だけを片手にもって進んでいた。ゴールラインに何が待ち受けているかも知らずに。