「よし…」
腹は決まった。直人はスターターを戻すと、一呼吸して気持ちを入れかえ、思い切ってマシンを押して歩き始めた。マーシャルが慌ててそれを止めようとしたが、直人はそれを振り切ってアスファルトの上に出た。雨はさらに強くなっていた。
「くそったれ…」
つぶやきながら、転倒したシケインを抜けきった。直人が吐きだす息でヘルメットのシールドが曇る。湿ったツナギは鉛のように重く、直人の体を束縛する。息苦しさのあまり、ツナギのジッパーを少し下ろし、ひび割れたシールドを上げた。振り続く雨の中、グランドスタンドが遥か先に霞んで見える。一歩一歩、歩いてはいるが、まるでかたつむりのように容易に進むことができないでいた。
「俺は何をやってるんだ…」
自問自答してみる。何かの衝動に駆られて歩き出したものの、何を求めているのだろうか。諦めないこと。何をだろう?レースか?ゴールラインか?それとも…。自問自答をくり返す。答えが出ては問いかけが浮かぶ。ふと直人は我にかえった。
”俺は何のために歩き続けているのか…”
「玲美…」
そう呟くと呪いの魔法がかかったかのように、身体と気持ちが沈んでいく。
「玲美…玲美…」
何度も繰り返し呟いた。まるで混沌とした空間をさまよっているようだった。