”そうだ、まだ最終コーナーを抜けきっていないんだ。”
倒れているマシンを起こす。
”頼むぞ…”
思いながら、スターターをキックする。
”ギャルッ…”
スターターは回るが、エンジンは鼓動を止めたままだった。2度、3度…。
”かかれ…かかってくれ…”
そう思いながらキックする。だが、どうしてもエンジンは息を吹き返さない。7度、8度…。何回ぐらいくり返しただろうか。マーシャルが直人の背を叩いて言った。
「危ないですから、ここから出てください」
確かにマーシャルの言う通り、ここは危険かもしれない。でも直人は気にしなかった。何度も再スタートを試みる。
”ギャルッ…”
悲しい音だけが響き続けた。その横を、ウィニング・ラン(チェッカー後のパレード・ラップ)に入った他のマシンが通り抜けていく。
”頼む…”
直人がそう思っても、マシンは言うことを聞いてくれなかった。
”だめか…”
動きを止めた直人を見て、マーシャルが胸をなでおろす。
”本当にだめなのか…”
そう思うと、衝動が直人を駆り立てる。まだだ。あきらめるもんか。あきらめるつもりなどない。一瞬だけ、ファイナル・ラップになっても彼女がいないということを恐れた自分を責めてみる。
”彼女が俺を見ていてくれないことが怖かった。でも、今は違う。努力を誰かに見てもらおうとするなんて、自己満足に過ぎないんだ。今は誰も、俺のことを見ている人はいない。そう、だれが見ているわけではないんだ。あきらめることは簡単だ。でも、何より誰でもない、自分が見ているんだ。あきらめては駄目なんだ…”