豊島園のプールは、相変わらず混んでいた。子供の騒ぐ声、それを叱る大人の声、過ぎ去っていくジェット・コースターの音と悲鳴。直人にとっては、ガキの頃に来て以来の場所だったが、その雰囲気は何一つ変わっていなかった。再び短いため息。ここのところ、ため息をついてばかりだ…。直人は気分を変えるために言葉を発した。
「これじゃまさに、人間浴ってやつだぜ」
言いながら横を向くと、しかめっ面の直人とは対照的に、雅之は顔を緩ませていた。いや正確に言えば、鼻の下をのばしていた。
「なぁ、あそこ見ろよ、あの娘めちゃくちゃかわいいぞ。おぃ、声かけてこいよ!」
雅之は興奮している。鼻の下が伸びきって、あともう少しで地面につきそうだ。
「まったくしょうがねぇ奴だな。口説くなら一人で行ってこい」
「えっ、いいの?じゃ行ってこよーっと」
雅之は即答すると、まるで妖怪のように行き交う人々をよけつつ、目標に接近していった。
”おっ、始めたぞ…んっ?邪魔にされてる…あっ、プールにつき落とされた。こりゃだめだ。おっ、這い上がった。なかなかしぶとい奴だねぇ。それでもあきらめずにさっきの娘に…あらら、男連れだったのね…しかもヤクザっぽいぞ。あらららら、からまれてるからまれてる。やっぱりナンパなんて、そううまくいくもんじゃないね。もうあきらめろって…ええっ、あいつターゲットを変えたぞ。今度はあの娘か。懲りない奴だね、あいつも…”
直人は雅之の行動を観察するのに飽きて、その場に座った。さっきまで家族連れがビニール・シートを広げていたその場所は、ちょうど木陰になっていた。直人はそのまま横になって、曲げていた膝を伸ばした。暑い空気に体を覆われる中、背中だけがひんやりとして気持ちが良かった。両手両足を伸ばしてみる。自分の部屋では味わえない快感…。しかしそれでも直人の気持ちは一向に晴れなかった。また一つため息がでた。そうしているうちに、直人は疲れからか眠ってしまっていた。そして夢を見ていた。昔の夢を…。