「あさって、レースなんだよ…」
低い声で直人がそう言うと、雅之は立ち上がって言った。
「あーあー、またレースですかぁ、そうですかぁ、そうですかぁ。でもたまには気分転換も必要だぞぉ」
いいながら、雅之は直人の部屋のタンスをあさり始めた。そしてどこにしまってあったかなど直人でさえ忘れていた水着と、その辺に落ちていたタオルを、これまた出所がよくわからないデイ・バックにつめた。「はいはい、気分転換に出かけましょうね。はい立って、はいサイフ持って、はい靴はいて…」
いつの間にか、すっかり雅之のペースにはめられていた。気がついた時には、直人は部屋の鍵をかけさせられて、ご丁寧にバックまでもたされて、プールに行く態勢にされていた。その雅之はといえば、すでにアパートの階段を降りて、自分のバイクにまたがっている。
「さー直人くん、プールだよ、プール!」
雅之はいつもこの調子だ。あいつは高校を出た後、すぐに就職した…の割には昼間からよく直人の部屋に入り浸っている。本当に仕事をしているかどうかは疑問だが、とにかくそういうことになっている。そして直人はといえば…。直人は一瞬、宙を見上げると短いため息をついた。
「しょうがねぇなぁ…」
直人は気持ちを切り替えて階段をかけ降りると、自分の日常の愛車であるKDXにまたがった。そして気の早い雅之のGSX-Rを追いかけるべく、アクセルを開いた。