直人は今、サーキットにいた。それもコース上に…。三重県鈴鹿市、鈴鹿サーキット。デグナーカーブを抜けてヘアピンへ行く途中の地点。鈴鹿サーキットの攻めどころの一つと言われる場所である。直人は忙しくマシンを左右に倒しながら、鈴鹿の名物コーナー、スプーンへと向かう。直人はニューマシンの動きを一つ一つ確かめるように乗っていた。ニューマシンのバランスはとても…、うん、とても…うん、とても悪い…。そう、最悪…最低だった。コーナーでズルズルとマシンのリアが滑る。うん、滑る滑る、つーるつる滑る。滑る滑る、つーるつる滑る。つーるつるーのつーるつる。タイヤは新品だし、しっかり温まってこれからだというところでなのに、どうにもグリップが悪い。アクセル・オンでトラクションをかけていくと、どーにもならないぐらい滑る。もう、つーるつる滑る。直人は言うことをきかない自分のマシンに痺れをきらして、スプリントのレースでは致命的とも言えるピットインをすることにした。ややスピードを緩めつつ、スプーンを立ち上がった後の短い西ストレートから、シケイン手前のピットロードへと入っていく。ピットが近づくと、ストップボードを持った雅之のマヌケヅラが見える。直人はマシンのフロントタイヤを、雅之の持つボードに当てて止めた。
「どうだ、ニューウェポンの威力は?」
雅之の問いに答える前に、直人はバイクから降りて、ピットへとマシンを押し入れた。そしてヘルメットを脱いでから、ようやく雅之に答えた。
「だめだ。どーにもならん。全然だめ。だめ。だめぇー。ちょーだめぇー」
もう投げやりだった。そう言うと、雅之がちょっと怒ったふうに言った。
「なんだよ、それは。まったく、練習走行だからって、気合いが抜けすぎなんじゃないのか?」
「んーなこと言ったって、だめなものはだめ。お手上げだよ。コイツバランスが最低なんだ。これじゃあ怖くてアクセルが開けられないよ」
直人はそう言って、マシンをスタンドに固定すると、横にあったイスに座った。