「まっててね、武田くん。もうすぐおそばができるから」
台所から玲美の声が響いた。
「はやくしてくれよ、もう腹ペコだよぉ」
直人はスパナを握ったまま、おあずけを食らったイヌのような声を出した。もう季節は冬、しかも12月31日、つまり大晦日を迎えていた。直人のレース生活は案の定で、資金の不足からマシンを組み上げることもできなかった。結局今年度の最終戦まではバイトに励み、マシンの復活に賭けることとなってしまった。しかし、その苦労は間もなく報われようとしていた。
「玲美、ちょっと!」
「えっ?もうちょっと待ってよ、すぐゆで上がるから」
「いや、そうじゃない、ちょっと来てよ」
直人の言葉に、玲美はエプロンをはずしながら、直人の元に来た。彼女は一瞬何なのかわからずきょとんとしていたが、呼んだ理由が分かると、思わず声を漏らした。
「あっ、これが…」
2人の前には、たった今組み上がったばかりのマシンがあった。予想以上に復活に手間どってしまったが、マシンにはそれなりの進歩を残すことができた。フレームこそ旧型のままだったが、エンジン、ミッション、排気系といろいろ手を加えていた。しかし、一見してわかる大きな違いは、そのカラーリングだった。直人はいままでの青いカラーリングを一新し、真紅に変えていた。直人は別に今まで青にこだわってきたわけでもないし、ここで新規一転、気分を変えたいなと思ったから変えただけで、それもたまたまカッティングシートの安売りで、赤のシートが大量にあったというだけだった。だが、それでもニューマシンはまぶしく見える。
「ずいぶん違って見えるもんだね」
玲美の言葉に、直人は黙ってうなずいた。自分自身、今までのマシンとは違って見える。このマシンとなら、という感覚にしてくれる。
「あれ?」
玲美が言葉を止めた。玲美はそっと右手を伸ばすと、細くしなやかな手でマシンに優しく触れた。その指先がガソリン・タンクの上部で止まる。そこに直人は、今までになかったステッカーを貼っていた。