「それで…一気に押し倒したのかよ…」
横にいる雅之の言葉に、直人はあやうく口に含んだコーヒーを噴き出すところだった。気を落ち着けて、まずゆっくりとコーヒーを喉の奥に押しやり、その後で雅之の後頭部を横にあったヘルメットで殴った。
”ゴッ!”
鈍い音とともに、雅之の小さな呻き声が漏れた。おニューのヘルメットはとても便利だ。
「おっ、おまえ、シャレにならんぞ、それは…」
雅之の言葉を横に受けながら、直人はヘルメットを横に置いた。
「お前ねぇ、言っていいことと悪いことの区別ぐらいつけろよ」
直人はそう言って、コーヒーをもう一口含んだ。俺たちはいつもの喫茶店のカウンターで、コーヒーを飲んでいた。ちょっとボリュームの大きめのジャズがボケている頭を辛うじて回転させてくれる。雅之に昨日のことを話しながら、直人はその夜のことを思い返していた。彼女の言葉、その瞳、唇、そしてその温もりを…。自然に笑みがこぼれる。
”ゴッ!”
今度は雅之が直人の頭にヘルメットを炸裂させた。別におニューでなくても、ヘルメットの破壊力はかわらない。
「何すんだよ!」
「直人、よだれ垂れてるぞ、よだれ」
慌てて唇を拭う直人を、雅之が声高に笑った。
「冗談だよ、冗談。そっかそっか、ようやく春だやね直人も」
雅之はそういいながら、カップを口に運んだ。しみじみ言うな、歳をとった気がするじゃないか。直人はそう思った。コーヒーを飲み終えると、直人と雅之は店を出た。
「直人、次のレースはいつだっけ?」
「来月…、ただ参戦はできないよ。エンジンが完全に逝っちまったからな。最終戦の管生には出たいけど、ちょっと間に合わないかもしれないな…」