直人は自分のアパートにもどっていた。横には愛機のNSRがあった。ばらしたエンジンはガスケットが吹き抜け、ピストンは棚落ちしていた。完全なエンジンブローだ。原因はわからない。だが、予選とフリー走行の段階で異変を感じながら、何の手だてもうてなかった自分のミスだということを、直人は理解していた。オイルだらけの手でもっていたトルクレンチを壁に投げつけた。
「ちっくしょう…」
くやしくてくやしくて仕方がなかった。涙が滴り落ちて、ぬぐった顔にオイルがついた。なにもかもが裏目に出た気がした。しかも今夜はため息だけでは終わりそうになかった。予選で浮かれてしまい、またしても走りきれなかった自分、なにより彼女の言葉に応えることができなかった自分が許せなかった。
「ちっくしょう…」
もう一度そう言ってみる。ちょうどそこに、ドアをノックする音が響いた。直人は邪魔なノックを一度は無視した。とても今、誰かと合える気分ではなかった。それが親友の雅之だったとしても…。しかしそれでも、ノックはさらに響いた。
「誰だよ!雅之か?俺は留守だ!出直してこい!」
そう叫んだ。だが、ノックはさらにもう一度聞こえた。直人は涙を拭いながら立ち上がった。
「なんだよ雅之!俺は今、遊びに行く気分じゃないんだよ!」
そういいながら直人はドアを開けた。だが、そこにいたのは直人が予想していた人物ではなかった。