本当に性格がねじ曲がってやがる。そう思いながら、直人はピットの中に入ろうとした。ところが、中野は急に矛先を変えてきた。
「ねぇねぇ、僕のチームのピットに遊びに来ない?いろんな物があっておもしろいよ。どうせ彼の走りなんて見てても、つまらないんだから。ねっ」
中野は真紀ちゃんと、玲美ちゃんをターゲットにしてきた。直人は向けた背をあわてて元にもどした。筋肉質の雅之の身体からは早くも”やっちまうぞ”というオーラが発せられている。
「ちょっと…」
直人がその言葉を口にした途端、玲美ちゃんが言った。
「悪いけど、私あなたみたいなタイプ苦手なの。それに今日は武田くんの応援に来てるんだから」
その口調は穏やかなまでも、威圧的なものだった。明らかに中野が気押されている。
「ちょっと待ってよ彼女…」
すがる中野を無視して、玲美ちゃんは直人の方に向かって来ると、直人の腕をつかんでピットに行こうとした。そこに中野が叫んだ。
「なぁ、その男は入賞どころか、完走したことすら無いんだぜ!そんな男は放っておいて、俺のところに来いよ!」
その言葉を聞いた途端、玲美ちゃんは足を止めた。直人の周りの世界が、まるで凍り付いたかのように時の流れを止めた。そう、直人の心臓さえも…。何てことだ。直人はもう終わったと思った。雅之と真紀ちゃんの表情も凍りついていた。得意げな顔の中野に対して、直人はもう、歯を食いしばる力すら失ってしまっていた。だから、直人は自分の左腕をつかんでいる玲美ちゃんの力が、一瞬強くなったことには気がつかなかった。玲美ちゃんは後ろを向いて言った。事もなげに…。
「だから…?」
唖然とする中野の顔が視界に写っていたが、そんなことはどうでもよかった。その時、直人は何かを感じていた。思えば、それが始まりだったのかもしれない。玲美ちゃんはそのまま直人を引っぱって、ピットの中へと導いた。
「あんだけ言ったんだから、今日のレース頑張ってよ!」
玲美ちゃんは言った。あとに続いてくる雅之と真紀ちゃんには、たぶん聞こえなかったはずである。直人はその言葉の重みを噛み締めながら、右の拳を握りしめた。