「俺は、あんな女と結婚なんてしたくないんだ。」

うんざりだ。

なんで、こんな奇特な会話をこんな時間に聞かなきゃならない。

よそで勝手にやってくれ。

私は明日も仕事なんだ。

大体こんな話題は、男友達と飲みながらする話なんじゃないのか。

どうして私に聞いてほしいのかなんて、考え付きもしなかった。

少し、苛つく気持ちを沈めながら、冷静に妊娠についての見解を述べる。

中学生の保健体育の知識をフル動員させる。

「あのね、それいつの話?オギノ式っていう、計算方法に当てはめたら分かるから。」

ぐっちゃんから、時系列を聞き、それなら大丈夫だろうという結論まで導いた。

「ね?大丈夫でしょ。中絶の費用を騙し取られないように気を付けなさいよ?」

無理矢理、会話を切ろうとするのに、ぐっちゃんは許してくれない。

「俺は、中西さんと結婚したい。」

「…え。」

ガツンと殴られたような衝撃を受ける。

心で、今聞こえた台詞を、反芻する。

これが、私の人生で初めての、プロポーズというものになってしまった。

こんな下の会話から、どうしてプロポーズに至ってしまったのか、全く理解に苦しむ。

ぐっちゃんが今夜言わんとしたことは、これなんだろうか。

私が仕事して、電話に出られなかった間、考えていたことなんだろうか。

ぐるぐると考えを巡らせる。

しかし、思いの外、プロポーズの台詞を反芻するだけで、考えが至らない。

ずっと、ずっと、プロポーズの台詞を反芻していた。

言葉にならない私をよそに、ぐっちゃんは、更に続ける。

「そうだ。俺は、中西さんと結婚したい。」

ぐっちゃんも、自分の台詞をゆっくりと、反芻している。

世紀の大発見のように、何度も、思いを紡ぐ。

ぐっちゃんの声も落ち着いてきて、段々に、真実味を帯びていく。

「俺は、中西さんと結婚したいんだよ。」

はっきりと、私に向けて、言葉を放つ。

確実に真剣な想いをのせて。

自分の心の深い所から、そうっと両手ですくい上げ、私に差し出している。

やっと、見つけたんだと、言わんばかりに。

ぐっちゃんは、私よりも二三歩先を進んでいるようだ。

両手ですくい上げた、生まれたばかりのハダカの気持ち。

正面から差し出された私は、まだ驚きの渦の中。

ぐっちゃんのハッキリした愛情が先走り、私はおいて行かれそう。

「…わかった。」

ぐっちゃんの歩みを止めたくて、言葉に現す。

でも、ぐっちゃんはちっとも止まってくれない。

「俺は、中西さんと。」

「…いいよ。いや、ダメだよ。私は嫌だ。」

動揺して断ってしまった。

口をついて出てしまった答えに、自分で驚く。

もし、面と向かって対話していたなら、今と違った未来があったのだろうか。