「……きりのくんのぶんも、わたし、なくね」
自分でも思いがけずに零れた言葉だった。
ぴたりときりのくんの手が止まる。
「……………おれ、は、」
重たそうな唇がはくりと空気を食む。
困惑を浮かべた茶色がわたしをそっと見つめ返す。
なにかに怯えたように揺れるそれが、どうしようもなく心臓を締め付けて。
みーん、みーん、みーん。
蝉の音が煩い。
鬼の声は遠い。
果たして蝉の音に掻き消されていただけなのか。
それはわからない。
でもあのとき、確かに2人だけの世界がそこにあった。
誰にも邪魔されない、きっと、唯一の空間。

