着いた時には夕方になっており、夕暮れに染まる大きい旅館に足を踏み入れる。
「こんばんは」
会釈をした栄生の後ろにピタリと着く梢。女将が栄生の姿を見て笑顔を見せた。
「栄生さん、いらっしゃったんですか。まあまあ、こちらの方は…」
「梢っていうの。部屋は1つで良いから」
名前を聞いているわけではないことを承知のうえで答える。
栄生の声に驚いたのは女将だけではなく。
「え、ひとつって」
「一人部屋が良いなんて贅沢言うつもりなの?」
「部屋は沢山余ってるから大丈夫ですよ」
「ううん、変なこと疑われたら嫌だから。大きめの部屋をお願いします」
疑われる、いや、同じ部屋の方が…とそこにいた人間はみんな思ったが、栄生に口を出す者は居なく、女将に部屋を案内された。



