優しい爪先立ちのしかた


神楽、と書かれた墓石の前で手を合わせる男が一人。

栄生が近づいたのに気づいて、顔を上げた。ああ、と声を漏らして立ち上がる。

「毎年、悪いな」

嶺は笑顔を見せた。

こうして顔をあわせるのは梢を栄生の屋敷に連れてきた時以来だ。

「悪いことしている気はないです」

「他人の墓だろ」

「私のお母さんでもあるので」

この会話を去年も一昨年もした。
もっと言えば、栄生がこの墓に来て嶺と会う度にする。

手を合わせ終わった栄生を待って、嶺と二人で階段を下っていく。神楽の母親は高い所が大好きだったのだと、栄生は嶺から聞いた。

生きている頃に会ったり、話したりした思い出は栄生にはない。

「一人か? 梢は?」