優しい爪先立ちのしかた


踵を返す。勿論、栄生よりカナンの方が足が速い。

しかし、こういう時は記録は関係ない。

踏み出す力に込めた思いは栄生の方が大きかった。ただそれだけ。

カナンの腕を掴んだ手が、震えた。

振り返る彼女の頬を思いっきり叩く。

「馬鹿!」

あまりの痛さに一瞬カナンの意識は遠くへ飛んだ。じんじんと痛む頬を押さえる。

中学の頃、栄生と喧嘩した記憶が蘇った。

「…深山? と、氷室?」

一緒に居れば、記憶の上塗りは可能。
それでも、ふとした時に、下の色が透けて見える時がある。

やっと追いついた比須賀の頬に汗が伝っていた。






切符を買って、戻ってきた梢が目にしたのは水羊羹の入った紙袋だけ。

…いやまさか、栄生が羊羹になってしまったとかじゃ。