「いらっしゃい」
不意に奥からぶっきらぼうな声が聞こえた。
とても客を歓迎しているような声ではない。
ジルは声のした方へ歩み寄ってみた。
寄木の市松模様のフローリングが、一歩進むたびに軋んだ音を立てる。
脇にある商品に注意しながら、ジルは衝立の奥を覗いてみた。
そこには、本や書類に囲まれたマホガニー製のテーブルに、手元明かりを燈して何やら作業する一人の老人の姿があった。
老人は客には興味がないようで、時折ルーペなどを使いながら、自分の作業に没頭している。
「あのう…」
ジルが遠慮気味に声を掛けると、ようやく作業の手を止め、こちらを一瞥した。
しかし、ジルに目を移したのはその一瞬だけで、また自分の作業へと目線を下げる。
そして一言、
「何か持ってきたのかい?」
何か売りにきたのか?
そう訊いているようだ。
「…いえ。あの」
「じゃあ、鑑定かい?」
「あの、そうじゃないんです」
こちらを向いて会話をしてくれない主人に対し、戸惑いを覚えながら答えると、老人は徐に苛立ちを露わにしてジルの方を向いた。
「じゃあ、何だい?
何か気に入った物でもあったのか?
冷やかしなら帰ってくれ」
見た目は老人だが、喋り口ははっきりしている。
もしかしたら見た目ほど歳はとっていないのかもしれない。

