え……?
ジルは一瞬、時間が止まったかに感じた。
彼女の顔に視線を向ける。
「…その、噂って……」
言い終わらないうちに、すぐ隣でドンッというテーブルを叩く音が聞こえた。
見ると、男性客が苛立ちのある表情で、握った拳をテーブルの上に載せている。
彼がこちらの会話を遮ったに違いない。
ジルは不穏な空気を読み取った。
「あ…。ザック、ごめんなさい…」
カウンター越しに彼女が気まずい表情で彼に声を掛ける。
しかし、ザックと呼ばれた男は、彼女を一瞥すると無言で席を立った。
上着を手に店の戸口へと向かう。
その表情は明らかに不機嫌だった。
「待って」
ジルは咄嗟に声を掛けていた。
人を襲うと聞いて、途端に苛立ちと嫌悪の態度を示した。
この話を聞いていたくない理由が彼にはあるはずだ。
つまり、身近に被害に遭った者がいた可能性が高い。
と、ジルは感じた。

