今夜は満天の星空。

あまりの美しさにマルメロは言葉を失います。

キラキラと白く輝き、宝石箱をひっくり返したようです。

「なんて綺麗なの?こんな綺麗な空は初めてよ…」

妾の1番の座を狙い戦ってきたマルメロに、夜空を見上げる余裕なんてなかったのです。

「プチ・ガーデンに行きたい」

夜空を見ていたマルメロは、急に辛くなってきました。
自分の夢を叶えるために、自分から足を踏み入れたのに。
後悔なんかするとは思ってもいませんでした。
いえ、後悔だとはマルメロは気づいていません。
ただ、何かが大きく変わろうとしている事に不安なのです。

星空は、そんなマルメロを優しく照らしてくれます。
「どんな宝石より、どんなドレスより、どんな豪華なシャンデリアより…、ずっと素晴らしい」

マルメロは、うっとりと星空を眺めていました。

すると、背後に人の気配がします。

「ストケシア?」

マルメロは振り向かずに聞きました。

「はい。マルメロ様、動かないで下さいね。とても素敵です」

マルメロは素直に嬉しく感じました。
殺伐とした城の人々と違いストケシアは自然な態度でマルメロに接してくれるのです。

「信じない」と決めたのに、ストケシアと話すと「信じたい」と考えてしまいます。
そんな自分の素直な気持ちも、マルメロは受け入れられるようになってきました。

二人は特に会話もせずに、静かな時間を過ごします。

「マルメロ様、出来上がりました」

ストケシアは明るい声でマルメロに話しかけてきます。
マルメロは、少し緊張しながらストケシアの方に振り向きました。

ストケシアは満足げに笑っています。

「今回はお見せできます。マルメロ様、どうかご覧ください」

「何だか緊張するわ。自分を描かれるなんて初めてだもの」

「マルメロ様をイメージに、描いたのです。是非、観てやって下さい」

マルメロは、緊張しながら画用紙を受け取りました。
そして、絵を見たマルメロは「嘘でしょ」と思わず言葉に出してしまいます。

その絵は、まさにマルメロの素顔を描いていたのです。
ゴワゴワとした髪、強そうな瞳、怪しく笑う表情…、しかし、泣いているのです。

マルメロは、息ができません。
城に入ってからは、決して髪を下ろしたことはありません。
それに、泣いた事なんて城に入る前からありません。

マルメロは、今度は息が上がってきました。
耳鳴りがし、目頭が熱くなり「ここに居ては駄目!」と、体が訴えてくるのです。
無意識に、マルメロは歩きだしました。
しかし、ストケシアは止めます。

「大丈夫です。俺は、ただの画家ですよ。マルメロ様に危害なんて加えません。ただ、どうしてもマルメロ様が気になるのです。いつも、悲しそうな表情だから…」

マルメロは涙を流さないよう、強気で答えます。

「偉そうに!私はマルメロよ!あなたみたいな庶民の画家に何が分かるのよ!?」

「マルメロ様は、嘘つきだ。本当は貴族を嫌っているのが俺には分かるんです」

マルメロは心に衝撃が走ります。

「そんな事ないわよ!権力が好きなの!ストケシア、貴方が思っているような女じゃないって言ったわよね?」

「マルメロ様こそ、俺を勘違いしている!だって、友達になろうって言ってくれたじゃないですか!」

「あれは社交辞令よ。本気にするだなんて、やっぱり庶民ね!」

「庶民を馬鹿にしないで下さい!マルメロ様は、そんな人じゃないと思っていたのに!」

「だから、言ったでしょ?ストケシアが思ってるような女じゃないって」

ストケシアは顔を真っ赤にして怒っています。
マルメロも顔が真っ赤です。
二人は子供のような喧嘩をしました。

マルメロが言います。

「もう関わらないわ!絶交よ!」

それだけ言うと、マルメロはストケシアの事を置き去りにして歩き出しました。

「俺だって、絶交です!」

ストケシアも、マルメロとは反対方向に歩き出しました。

せっかく友達になれたのに、マルメロのプライドのせいで大切な繋がりが切れてしまいます。

しかし、何故かマルメロは清々しい気持ちを感じていました。
鬱憤を吐き出した事で、マルメロの心が楽になったのです。

自室に戻ったマルメロは、ベッドに倒れ込みました。
少し、冷静さを取り戻したマルメロはある感情が芽生えます。

「寂しい」

ストケシアと話すと、幼かった頃の自分を思い出します。
それは、マルメロにとって苦々しい思い出なのですが懐かしくもあります。

ボロの靴に、ボロの服、ゴワゴワの髪に悩まされ、悪口を言われて続けた日々。
悔しくて堪らなくて、毎日を必死に生きていました。

今は、あの頃の自分とは違い冷たく凛々しく強い、マルメロ理想の女性になっています。

それなのに、心が満たされない毎日。

「サイネリアが変わったんじゃない。私が変わったのよ」

マルメロは、久しぶりに紙を取り出し殴り書きました。
幼い頃にしたように。

「自分の価値を信じよ」

書き上げ紙を見ました。
しかし、以前のような活力がわいてきません。
余計に虚しく思うだけです。

「私は…、私の夢を叶えるのよ」

弱々しく呟き、虚しさと戦うことしかできませんでした。