翌日、ハンノキが来る事をマルメロは母親には伝えませんでした。
今、伝えても何も変わらないからです。
寧ろ、伝えたら母親がウルサイと考え黙っていることにしました。

マルメロが何気なく母親に聞きます。

「お母さん、今日も遅いの?」

「まぁね。でも、いつも通りよ。どうしたのよ?」

「別に何でもないわ。夕食を食べる時間が気になっただけ」

「昨日、食べにこなかったくせに。帰ってくるのは、いつも通りの時間よ!」

マルメロは「これで、第一関門突破ね」と、思いました。

その後すぐに、母親は仕事に出かけました。

マルメロは部屋の掃除、服装、髪の手入れ…。
冷たく凛々しく誰も近づけない雰囲気を演出し、ハンノキを更に魅了してやるつもりです。
マルメロの思い通りにハンノキを操るために。

「面白くなってきたわ」

マルメロはニヤつきながら呟きました。

「ここから、全てが始まる。私の人生の第一幕が上がるのよ」

頂点に君臨し皆から羨望の眼差しを受けるためのマルメロの幕が上がりました。


夕方、マルメロは珍しく夕食を作っていました。
母親を上機嫌にさせるためです。

「お母さんが、無駄に騒いで邪魔にならないために仕方ないわ」

マルメロは、母親も操らないといけません。
機嫌が悪いと、感情的になり後先を考えない言動をする母親を危険視したのです。

しばらくすると、いつも通りに不機嫌な母親が帰ってきました。
仕事の疲れや不満で苛立っているのです。

しかし、母親はすぐに機嫌を直します。
夕食をマルメロが作っていたからです。

「マルメロ!どうしたのよ!?夕食を作ってるだなんて。信じられないわ!」

「お母さんは、疲れているからね。私からの思いやりよ」

「マルメロにも、そんな心があったのね!まさか、毒なんて入れてないでしょうね!」

母親は笑いながら、冗談を言いました。
マルメロは少し腹が立ちましたが我慢します。

「毒だなんて!お母さんは、冗談が好きね」

マルメロは笑顔で答えました。
母親も笑顔です。
この二人が笑顔で夕食をとることは、奇跡に近い出来事です。
マルメロは「感情は不要」と、自分に言い聞かし笑顔を作っています。
そして、ハンノキを待っていました。


マルメロが「早く来い!」と、思ったと同時に家の扉が叩かれました。

「来たわ!」マルメロは、笑いが込み上げてきました。
母親は面倒臭さそうな表情で「こんな時間に誰よ」と、ぼやき立ち上がりました。
母親が、ゆっくりと玄関に向かいます。
マルメロは、そんな母親の後ろ姿を見つめながら悦に浸っていました。