そよ風が頬を撫でる。




目にかかった髪を誰かが触れる感覚に、少女は一つ眉をひそめると瞼を震わせた。




ゆっくりと瞼を開くと、一番に視界に入ったのは見慣れないかなり美しい顔立ちをした少年で、いまいち自分の置かれている状況が分からない彼女は何度か瞬きを繰り返す。






「……誰?」





擦れた声に驚きながらも、少女は小首をかしげる。





こんな美しい少年、彼女は知らない。




今まで数多と貴族に買われてきたが、こんなに顔立ちの整った人間を見るのは初めてだ。




少女を覗き込むようにしていた彼は、彼女と目が合うなり穏やかに微笑む。






「おはよう。……あぁ、もうこんばんは、かな」

「誰、ですか?」






警戒をしていることも隠しもせずに睨み、彼と距離を取ろうと腕に力を込めた少女だったが、上半身をおこしたところでくらりと視界が歪み均衡を崩して後ろに倒れる。





まずいと咄嗟に何かに掴もうと手をのばしたけれど、何も掴めるものはなく少女は片目を閉じると温かな何かが肩に触れた。





驚いて背後を振りむけば、そこには先ほどと変わらない笑みを浮かべた少年がおり倒れかけた彼女の肩を支えて、少し呆れたように息をつく。






「ダメだよ。まだ動いちゃ。君さ、何日ご飯食べてないの? 寝てないの? よく、こんなので生きてこれたね」

「……は?」

「こんなに体重軽いなんて異常すぎ。ちゃんと食べなよ。せっかく美人なんだから」

「……」





ちゃんと食べろも何も、最下層の地位につく自分が満足に食事など出来るはずがない。




服装からしてみても彼女が奴隷であることは一目瞭然なのだが、こんなことをきくことからしてどうやら彼には彼女の服装は見えていないようだ。




そのことに安堵の息を零して、少女は少し顔を歪める。




(最悪だ……)



何故よりにもよって嫌いな人間に介抱されなければならないのだろう。



ともすれば今にも逃げ出したい気分を何とか押し殺し、少女は静かに瞳を閉じふと違和感を感じて目を開けた。




そう言えば、何故自分はこんなところにいるのだろうか。




いつもならば、今頃“飼い主”の世話をしているはずなのに……。




数時間前の記憶をたどった少女は何かを思い出したようにはっとすると、がばりと勢いよく起きあがる。




くらりと視界が歪み吐き気がしたのだがそんなことは今の彼女にはどうでも良かった。




(私、死んだ……んだよね?)



“飼い主”の邸から確かに自分は飛び降りたはず。




あそこはあの貴族ばかりの邸宅が並ぶ一角の中でも、一番高い家だったし地上ともかなりの距離があったから死ねるはず……なのだけれど。