その夜は結局眠れなかった。私はシュンに言われたとおり化粧をとり布団に入ったのに。
 シュンが腕枕をしてくれたことに私は驚いた。娼婦にそんな酔狂な真似をする男を見た事がなかったからだ。
 だけれども、男の腕というのは心地良かった。
 そして私達は色んなことを話した。
 私は娼婦の『アリス』ではなく本名の『リーナ』を名乗り、アリスの過去として作り上げている話ではなく、本当の私の話をした。
 シュンも色んなことを話してくれた。幼いころから今までの事。たくさんの物語。
 気がついたら朝になっていて、シュンは部屋から出て行った。と、思ったら戻ってきた。
「もう一日買い上げたよ。いい加減眠ろう。起きたらまた話をしよう」
 そして私達は明るくなった部屋で眠った。
 起きたら夜で、隣にシュンはいなかった。
 久方ぶりに眠りたいだけ眠ったのに、心に穴が開いたようだった。
 あれはシュンの酔狂。彼はもう私を買わない。だって抱かなかった。女としての魅力を私には感じなかったのだろう、そう思った。
 だけれども、シュンはすぐに部屋に戻ってきた。
「おはよう。夕食を手配してきたよ」
「お帰りになったんじゃなかったんですか?」
「今日一日は君は僕のものだ」
「では、──貴方のものだと仰るのなら抱いて下さいませ」
 この言葉を言った時の惨めさは忘れられない。奴隷のように扱われるのも女王のように扱われるのも慣れている。だけれども、私は対等な存在として扱われることに慣れていなかった。
「とりあえず食事にしよう。昨日の夜から何も食べてないのだから」
 シュンははぐらかした。あっさりと。
 私のプライドはずたずただった。
 食事の味など覚えていなかった。
 化粧もしていない寝起きの娼婦など、客に逃げられて当然だと思っていたら涙が出てきた。
 こんなことで泣くなんてどうかしている。
 シュンは途端におろおろし、涙を拭いてくれた。
 そんなシュンが愛おしかったのに、やはり彼は私の体に手をつけなかった。
 そして食べ終わり私が涙を流すのをやめるとシュンは帰った。
 今度こそ最後。
 『お母さん』によく言われたものだ。
 客に恋をするな。他の男に抱かれるのが辛くなるから。
 『お母さん』は正しかったのだと知った。
 明日からまた色んな男を受け入れるのだと思うと吐き気がした。だけれども、娼婦の私にはそれしか生き方がない。