「なあミズキ、夏の空ってさ、なんでこんなに青いんだろな」

 部活からの帰り道。いつもの潜水橋で自転車を降りて、いつものように橋の真ん中で腰を下ろして、いつものように靴下を脱いで両足を川面に浸けてぶらつかせながら、いつものように颯太が空を見上げてそう言った。
 欄干のないその橋は、川面よりほんの少しだけ高いところに架けられていて、橋脚にコンクリートの床板が乗せられただけの簡単な作りだったから、車が通るたびに「そのうちゴトンと落ちそうだよね」なんて笑いあったことを覚えている。
 雨が降って水かさが増えると、川の流れの中に潜って姿を消す橋。だから、潜水橋。欄干がついていないのも、潜ったときに水の抵抗を受けて橋桁が外れてしまわないようにするためなんだとか。言われてみればなるほどと思うけど、じゃあもっと高いところに普通の橋を架ければいいのにとも思う。そんな話を颯太にすると、「これだから女ってやつは」と言って鼻で笑われたことを思い出す。何よ?って言い返すと、一言「潜るとかカッコいいじゃん」だって。
 何で空は青いのか。なんて、いつまでたっても小学生のようなことを言うあたり、昔と少しも変わってない。そういや、夏になると決まって入道雲を指さして、「あの竜の巣の中にはラピュタがあるんだぜ」なんて言ってたっけ。どこまで本気か知らないけど。

「夏だからでしょ」
 えいっと小石を水面すれすれに投げると、びっくりするくらい何段も跳ねた。
「だから」
 それを見た颯太が平べったい石を拾い上げ、上半身だけで投げつける。
「なんで夏だと青いんだ、よっ」
 石は、一段跳ねただけでとぷんと川に沈んで消えた。
「知らないわよ」
 颯太の隣に腰を下ろすと、颯太は少しだけ体をずらすように座り直した。ちょうどサッカーボール一個分。昔から少しも変わらない、サッカーボール一個分。
「向こうはどう?もう慣れた?」
「んー」
 颯太は「そうだなあ」と呟いて、橋の上に寝そべった。
「昔っから転々としてたからさ、学校に慣れたっていうより、引っ越しに慣れたって感じかな」
「そっか」
 颯太と同じように靴を脱ぎながら、そんなもんなのかなと考えてみる。この年で全然知らない学校に行くなんて、私なら不安で胃が痛くなりそうだ。
「少四の夏だったよね。颯太がこっちに来たの」
「そうだったかな」
「こんな田舎に転校生が来る!って言ってさ、クラスのみんなで盛り上がってたなあ」
「もっとイケメンだと良かったのにな」
 はは、と笑うと、颯太はまぶしそうに手を空にかざした。一重のくせに切れ長で、やけに大きい颯太の目がその手の影に隠れた瞬間、私は颯太にそっとキスをした。
「え?」
 と顔を上げた颯太を無視して、靴下を脱いで両足を投げ出すと、ちょうどくるぶしくらいまでが水に浸かって心地よかった。
「何?」
 と足で水を跳ね上げる。颯太は「いや、別に」と口ごもってまた手をかざした。
「二回もしないよ」
 と言うと、何も言わずにちょっとだけ口をとがらせた。

 潜水橋から見る剣岳の山並みは、いつもと同じ緑色で、いつもと同じ青空からのぞく入道雲は、まるで綿菓子のように白かった。いつもと同じサッカーボール一個分の距離で、私たちは
「またね」
と言って手を繋いだ。



『潜水橋』完