こっちだって猫の手も借りたいほど忙しいのに、よそ事の手伝いに人を回すとは……、上も人が悪い。

 その深夜、新堂 彰は自室で、昨日作成しきれなかった書類に引き続き目を通しながら溜息をついた。

 一昨日まで秘書がいたのに、いなくなった途端これだ。

 昨日から上の指令で、中島さんと総悟その他が地方に遠征に出ている。外回りからそのまま出るほど急な指令で、着の身着のままで向かったのでおそらくすぐに帰っては来るだろうが、それでも先の検討はつかない。

 ま、中島さんと総悟がいなくなったからといって書類の数が増えるわけではない。その辺りはむしろ今まで通りだか、その他のことがまわってくる。

 今日も徹夜だな……そう眉をひそめながら、着信音に気付き携帯を胸ポケットから取り出した。液晶には『ドSバカ』、総悟からだ。

「はい」

 今後の予定を中島さんの代わりに伝えてくるのだろう、そう予測する。

『あ゛―、もじもじ、新堂食堂ですか?』

 何やら鼻をつまんで喋っているが、明らかに総悟だ。

「用がねーなら切るぞ」

『新堂スペシャル1つ、大至急おねがいしやす』

「うっ……ちは定食屋じゃねー!!! 下らねーこと抜かしてねーでさっさと仕事しろッ!」

『ワンワン……うちの子がお腹を空かしてんですよ、こんなに腹減らした子、あんたは見捨てるんですか?』

「って犬じゃねーか! それ明らかに犬の鳴き声だよね? ってか本物の犬だよね!? 犬に俺の大好物新堂スペシャル食べさせる気!?」

『とまあ、こっちは腹減らした犬見捨てるような奴かたっぱしからシメ上げてるくらい忙しいですよ』

「それ俺だよね? 俺シメたいがために言ってるよね!?」

『それより新堂さん、ちょっと頼みがあるんですが……』

「それが人に物頼む頼み方かよ? え!? 新堂スペシャル犬に食わせるだ、犬の餌だ……」

『新堂さん、今はそんなどうでもいい話に付き合ってる暇ねーんですよ』

「言いだしたの完全お前だよね? 定食屋のことだして、話進め始めたのお前だよね!?」

『実は、雪乃をなんでも屋の宗司朗さんのとこに預けてきたんですが、そのままになってる。きっと俺のこと心配してるに違いない』

「……ならなんでも屋に電話かけりゃいいだろ」

『電話番号知りません。つーわけで、雪乃に携帯買ってくれませんか? 俺の給料から差し引いてくれていーんで』

「って……お前……」

『まだ長引きますよ、こっちの状態……。俺達は大したことしてねーですが、当分帰れそうにない。なんで新堂さんが携帯やらなんやら買い与えて待たせてくれてるとありがたいんですが』

「…………、…………」

『まさか、もうあのヤローの所に!?』

「知らねーよ! 俺だって、あれから見てねぇ」

『頼みますよ、新堂さん。俺がこんなに頭下げて頼んでるんです。こかから帰ったら式挙げます。新堂さんからも言っといてください』

「ンで俺が!? んなの自分で言やいーだろーが!」

『もちろん俺からもいいます、けど、外堀から攻めて中落とすのが今回は得策なようなんで』

「…………、わーった。うまくしといてやるよ。その代わり、この貸しはでかいと思え」

『フフ……お礼に式でのスピーチの座、渡しますよ』

「クックックック……」

『ほら、早く行けよ新堂ぉ。雪乃が待っ……』

ツーツーツーツーツーツーツー……。

 総悟が結婚かぁ。一番年下のアイツが。

 俺は胸ポケットからマルボロの箱を取り出し、一本抜いて口にくわえた。

 カチッとお気に入りのライターで火をつける。

 結婚、スピーチ、嫁さん……。

 ぐるぐると、雪乃が白無垢を着た姿が頭を回る。

 総悟にはもったいないくらいだ。だけど、だからといって、俺に合うわけじゃない。

 新堂は半分ほど吸って、灰皿でもみ消す。

 さぁ、ご期待に答えて、まずは給料から差し引いた現金でも取ってくっか。