「ごちそう様でした。美味しかったです」

 先生は丁寧にお礼を言うと、満足そうにお茶を飲んだ。

「すみません、買い物行ってなかったので何もありませんでしたけど」

 テーブルの上を片付けながら、何気に先生を見た。

 相手はじっとこちらを見ている。

「えっと……」

 ようやく私は視線を逸らした。

「……そのベッドを2人で使ってるんですか?」

 先生は部屋の隅にあるベッドに視線を移す。

「あ、はい」

「やっぱり布団、いるでしょう? 」

 強い口調で言われたので、ぎくりとする。やはり、夏輝のような思春期の男の子にはそういう刺激はよくないはずだ。

「あ、そうですね……あった方がいいかもしれません」

「持ってきますよ。明日にでも。うち、余ってるんで」

「す、すみません。ありがとうございます」

 なんだか同居人失格みたいで恥ずかしく、お礼の言葉しか出なかった。

「じゃあそろそろ、私は帰ります」

 まだ小一時間ほどしか経っていなかったが、先生は早々に立ち上がった。

「あ、もう帰るんですか?」

「ええ。あんまり長居すると、帰りたくなくなりますから」

 って、笑ってるけど……。

「え、あ。そうですよね。一人暮らしって寂しいですよね! 寝る時とか特にそうですよね」

 話を合せるつもりで言ったが、

「ええ。一緒に誰か寝てくれると助かるんですが」 

 彼の目は笑顔だ。この上なく。

「あ、……あぁ……あ、そう……ですね!!」

 流しておくに限る。

「じゃまあそういうことで。明日、布団持ってきますから」

「あ、はい……」

 明日……も、ここへ?

 疑問に思いながらすぐそこの玄関先まで送り届けた。

 先生は何事もなく、すんなり出て行ってしまう。

 明日も、先生がここへ来る。

 布団を持って……。

「長居すると帰りたくなくなりますから」。

声を思い出そうと、目を閉じた。

 目が合った時の顔を思い出そうと、今まで座っていた椅子を見つめる。

 車内で感じた、親近感を思い出そうとする。

 それらの全てが暖かくて優しい気がした。

 ただの、親切心ではない。

 それ以上の何かが、そこに生まれている気がした。