一体、ここはどこなんだろう?

リリスゥに揺られながら、わたしは街の通りを眺めていた。
屋台みたいなお店が、行き交う人々相手に忙しく品物を売っている。
その様子はまるでお祭りの出店。
違うのは、売っているものがファストフードじゃなくて、野菜だったり、お肉だったり、お鍋や竹箒、籠に小さな包丁といった様々な雑貨であること。
値切っている人もいた。

もうちょっと安くならないのか?

いえいえ、ご勘弁を。

なんてやり取りが景色と一緒に流れていく。
少し遠くで、小さな男の子が野菜籠を持って、自分の何倍も大きい男の人相手に野菜を売っているのが目に入る。
男の子は貰ったお金をすばやく懐にしまうと、またすぐ別の人に声をかけた。
別のところでは、壺が並んでいるお店で、おじさんが壺から取り出した豆を量り売りしている。
買っているのは、おばさん。
エンリくんに頭を下げる人も多かった。
彼は、それに軽く応えてる。
そのうちの何人かと目が合った。
みんな不思議そうにこっちを見ては、去っていく。
そしてわたしは、またぼんやりと市場の様子を眺めていた。

「市が珍しいんですか?」

エンリくんの声がかかる。

「えっと……そう、ですね……」
わたしはこういう場所は、見るのも初めてだった。
「いつもは、お母さんとスーパーで買い物するから」
またエンリくんが首を捻った。
「それは、あなたの国の言葉ですか?」
「あっ……え、えーっと、外来語です。スーパーマット」
「すーぱーまーけっと、ですか」
発音がたどたどしいのが、少しかわいく見えてしまう。
「外来語で、あの、遠い国の言葉だけど、日本で定着してるんです。お店のことです」
「ニホン……それがあなたの国の名前なんですね」
「はい」
「ふーん? やはり、聞いたことのない名前ですね。海の向こうか、はたまた――」
空の上か、とエンリくんは冗談っぽく言った。
「空……」
言われて、わたしは空を見上げた。
きれいな青い空。
これだけ見ていると、何の変哲もなくて、わたしは夢でも見ているんじゃないかって思えてくる。
いつも眺めていたのと同じ色。

「……」

どこかで、この空が繋がっていて欲しい。
つばめが丘と。

突然、ガクンとリリスゥが止まった。
ブフーっと大きく息を吐いて、どこか不機嫌そう。

「エンリ様ぁ!!」

明るい声が響いたかと思うと、真っピンク!って感じの女の子が飛び出してきて、エンリくんの足に勢いよく跳びついた。
「ウ、ウェイユン……」
「あーんっ、わたくし心配しましたのよぉ?! 戦場(いくさば)にお出かけだなんて、聞いていませんわ!!」
ウェイユンと呼ばれた彼女は、わたしやエンリくんより少し年下のように見える。
小柄で、派手なピンク色の服を着ていて、目がチカチカしてしまうほど。
彼女がエンリくんの足を引っ張る度に、手首や首下のアクセサリーがジャラジャラ音を立てて、綺麗にカールしたポニーテールの先っぽがぴょんぴょん跳ねる。
ふと、目が合った。

「何、この女」

ぞっとするような冷たい声を浴びせかけられる。
「汚らしい!」
う、確かに……。
そういえば、わたし体中泥だらけだったんだよね。
その泥のせいでエンリくんの服もかなり汚れてしまっている。
わたしが何も言えずにいると、わたしを支えているエンリくんの細い腕にぐっと力が入った。
「気にしないで」
エンリくんはわたしに言ってから、ウェイユンちゃんに向き直った。
「報告がありますので、失礼します」
彼女の腕を掴むと、少し強引に引き剥がしてしまう。
「ええっ?! ちょっとぉ?!」
ウェイユンちゃんが一際甲高い声を上げてもがいたけど、エンリくんには勝てなかったようだ。
「それでは――リリスゥ」
リリスゥは、待ってましたと言わんばかりにさっさと歩き出してしまう。
ウェイユンちゃんの声が後ろからきゃんきゃんと聞こえてくる。
やがてそれは雑踏の中に紛れて消えた。

「あの」

エンリくんが口を開いた。
「すみません、彼女は私の幼馴染でして……」
少し騒がしいでしょう?と呆れたような顔をして見せる。
そして、数秒たっぷりと間を空けて、大きな大きなため息をついたのだった。