「エン!」

呼ばれて、リエンくんが声の方に馬――リリスゥの手綱を取って方向転換させた。
なんていうか、手慣れてる。
お父さんが車のハンドルを回すような気軽さだ。
「どうです?」
リエンくんの声の温度が少しだけ低くなる。
ああ、と近づいてきたのは、同じように馬に乗った随分年上の男の人だった。
リエンくんと違って、筋肉隆々で、肌は日に焼けて、上半身はほとんど裸みたいな人。
鎧みたいな金属の飾りをじゃらじゃら身につけてるけど、それらが太陽の光で反射することはない。
だって、錆だらけなんだもん!
髪は焦げたような黒い色でざっくりオールバック。顔や身体のあちこちに傷を付けていた。
痛くないのかな。
まじまじ見ていると、男の人はわたしを見つけて不思議そうな顔をした。
「何だ、それ?」
わたしがぴくっと身体を震わせると、リエンくんが別に何でもなさそうに言った。
「倒れていたのを助けました。どうやら人買いに連れて来られて、巻き込まれたみたいですね」
「ほーお」
黒い目が、穴が開きそうになるくらいじぃっとわたしを眺める。
怖い。
「あの、彼女、怯えていますよ?」
「えっ、そうなのか?」
そうです、とは言う勇気がなかったけど、目で怖いですと訴える。
効果はあったみたい。
「悪ぃ悪ぃ」
白い歯を見せて、オールバックの人はリエンくんに視線を戻した。
「こっちは粗方片付いたぜ」
上々だ、と付け加える。
「首謀者は?」
「ゴロツキさ。いちいち名前を確認するほどのモンじゃねぇ」
「規模が違うでしょう。もう一度念入りに調べて下さい。武器や馬の出所を知りたい。場合によっては、身体に聞いてやっても構いません」
リエンくんの声がぐっと低くなった。
特に、身体に聞いてやっても構いませんってところが。
不穏当だ。
これ以上ないくらい、不穏当だ。
「ん?」
リエンくんが、わたしの視線に気が付いた。
「ああ、すいません。怖がらせちゃいましたか?」
笑みさえ浮かべて、ケロっとした顔をしている。
それがまた何とも言えない表情で、わたしは声を出すのも躊躇ってしまう。
「まぁ、わたしも女性に拷問を見せて喜ぶ趣味はありませんよ。どちらの誰か様と違って」
リエンくんが言葉を切った。
「わたしは平和的で、非常に理性的なんです」
リリスゥの手綱を取り直して、腕に力を込めるリエンくん。
「後はお任せします」
「へいへい」
返事を背に、リエンくんはリリスゥを走らせた。