何だろう、あったかい。
ゆらゆら。
身体が揺すぶられる。
風の通り過ぎてく音に、わたしは目を開けた。

「……」

「目、覚めましたか?」
物凄く近くで声がして、わたしは思わずそっちを見た。
陽の光が透けるような栗色の髪の男の子が、わたしをお姫様抱っこして見下ろしていた。
「えっ?!」
わたしはすっとんきょうな声を上げてしまった。
そのせいなのか、男の子は大きく体勢を崩して、「わっと、と?!」とわたしを落とさないようにと一生懸命バランスをとった。
よく見たら、わたし達は馬に乗っていた。
赤いたてがみの馬は、居心地悪そうに身体を震わせている。
「どうどう」
男の子はわたしを抱えたまま、器用に手綱をとって、馬をなだめた。
「またご機嫌斜めですか、リリスゥ」
馬がぶるるっと鼻を鳴らすと、彼は呆れた顔をした。
「さすがに2人は辛いって感じですね」
つまり、重いってことなんだろう。
「わ、わたし、降りますっ!!」
この格好も恥ずかしいし、わたしはもがもが動いた。
「ああ、暴れないで。彼女の機嫌が悪いのはいつもなんです。重いっていうのは、多分、口実です」
男の子はびっくりするくらい綺麗な笑顔をわたしに向けた。
すごく整った顔立ちで、男性アイドルグループの花形みたいだ。
そんな男の子の腕の中で、わたしの心臓がきゅうと小さくなるのは当然だった。
落ち着かないというか、崖っぷちに立って足踏みさせられてるみたいな。
「えーっと……」
言葉を見つけられないでいると、彼はわたしを面白そうに見つめた。
「私は、リエン。あなたはどこの誰ですか?」
「わたし……」
わたしはどこの誰かを必死に思い出した。
記憶喪失じゃないよ?
うっかり忘れそうになったってこと。
「ま、まみや、間宮……咲」
「マミヤサク? こっちじゃあまり聞かない名前ですね。帝国の人ですか?」
「テイコク? あの、わたし、ツバ高の、3年生です……」
「ツバコウ? サンネンセイ?」
彼はくいっと首を捻った。
「まぁいいや。でも、随分遠くから来たんですね。そんな地名、聞いたことありませんよ」
リエンくんがカラカラ笑うので、わたしは慌てて訂正した。
「えっ、あの、地名じゃなくて、学校、です。高校」
「?」
ホントに分からないらしく、リエンくんは少し困ったみたいだった。
途端に恥ずかしくなって、わたしはうつむいてしまう。
これじゃ、まるで、わたしがバカみたいだ。
「えっと……」
リエンくんを見る。
からわれてるのかと思ったけど、違うみたいだった。
嘘は言ってないと思う。
だって、嘘言ってる人がこんなにまっすぐ人のこと見れないよ。
リエンくんは上を向いて少し考えてから、またわたしに視線を戻した。
「言葉は通じるから、てっきり近隣国の人だと思ったんですけど……」
うーんと唸るリエンくんに、わたしは思い切って疑問をぶつけてみた。
「あの、ここは、どこ、ですか?」
リエンくんが目を丸くしたかと思うと、すぐに真剣な表情になった。
「……まさか、人買いの仕業ですか?」
ヒトカイ。ひとかい。人買い。
わたしの頭から血の気が引いた。
脳裏に、路地裏での出来事がパッと光っては消えていく。
飛び出していったマキちゃん。
小林君のナイフ。
目を瞑るヒナちゃん。
動けないわたし。
まさか、あの後、わたし達は誰かに捕まって、どこか遠くの土地につれて来られたのだろうか。
ヒナちゃんやマキちゃんも同じように。
わたしはもう一度リエンくんを見た。
言葉こそ通じるけど、リエンくんの着ている服は、日本のものじゃない。
どこか外国なんだろうか。
考えれば考えるほど、わたしの頭はこんがらがっていく。

ヒナちゃん、マキちゃん。

わたしは自分でも意識しないうちに、2人の名前を呼んでいたみたいだった。
「お友達も?」
「え……?」
リエンくんは、くっときれいに整った眉を寄せた。
「女性を狙った人買い集団がいるとは聞いています。お気の毒に……」

「……」

わたしは言葉を続けることが出来なかった。
リエンくんが出来るだけ明るく取り繕ってくれる。
「その様子だと、ここはあなたの故郷から随分と離れているみたいですね。帰して差し上げられるかは約束できませんけど、少なくとも生活出来るように取り計らいます。安心して下さい」
きっぱりと言い切る。
同い年くらいなのに、随分と大人びてるなぁ。
わたしは一瞬だけ、暢気なことを考えてしまった。