美咲たちが帰った後、越石は上司の槙村に呼ばれていた。

 越石は槙村の部屋に入り、槙村の座る机の前に立ち、背筋を伸ばす。

「それで、どうするつもりなんだ?」

 禿げ上がった頭に黒縁メガネを掛けた槙村が、煙草に火を付けながら、始終まろやかな口調で問うた。

「ある一定の間隔で同期させます」

「ほう」

 煙を吐き出し、旨そうに煙草を吸う。

「薬と精神的ストレスにより記憶の融合を促進させ、突然変異を引き起させます」

「普段の生活の方が、いいんだね?」

「そうです。高崎信一郎の時は金山静江という邪魔が入りました。今は娘がサンプルを引き継いでくれて、ほっとしております」

 不器用な笑い顔を作る越石。

「越石君。同じ様な人物が現れると困るので、金山静江の周辺を色々手を回して調べてみたんだが、大丈夫そうだったよ」

「そうですか」

 越石の顔の表面に、脂が浮き出ている。

「後は高崎美咲だな。前の勤務先など調べさせてみたんだが、優秀だったようだ。金山静江のようにならないとも限らないな」

 ジリジリと煙草が燃える。槙村が数回吸っただけで、フィルター付近にまで迫った。

「全ては、立ち遅れてしまったこの国の悲劇にある。しかし、この研究が成就すれば、我々は再び世界に君臨することも出来よう」

 槙村は火の付いた煙草を、越石の目の前まで突き出す。

「君は研究に没頭したまえ。雑音は私が引き受ける。但し、必ず成果を残すように」

「心得ております」

 槙村の煙草の先から、火の粉がぽろりと落ちた。