「最後になりますが、私から一言、質問させて下さい」

 静江は民代を見つめる。

「何でしょうか?」

「貴方は夫の白河秀夫を吸収しましたよね。本当に養分として取り込んだのですか?」

 有り得ない話であれば、自分の娘も、何処かで生きていると思える。

 一縷の望みを託して、私情を隠し、静江は尋ねたのだった。


「……それは、私にも分かりません。人間を吸収したと言う話は、夫が私に話した事です。それが、今度は夫に対して起こったとしても、私に意思はありません。ただ……」

「ただ、何ですか?」

「私も研究員として貴方の質問に答えるとすれば、事実なら、遺伝子レベルで何らかの影響を受けている可能性は、否定できないと思います。もっとも、夫はそれ以上の事まで考えていたようですが……」

 民代の言葉には薔薇のような棘があった。

『それ以上?』

 言葉にしようとしたその時、病室の扉が開く音が遮る。背広を着た鋭い目付きの男が顔を出し、「時間です」と告げた。

「民代さん、本日はありがとうございました」

 眼光に押し切られた形になった静江が、頭を下げる。その瞬間、民代の口元が微かに緩む。

 荷物を掻き集め退室する静江の背中から、口笛が聞こえた。取材中に何処かで聞いたことのあるメロディだった。

 静江は立ち止まらなかった。

 しかし、民代の中に潜む白河秀夫を、確かに感じ取ったのである。