信一郎は素早く左手に付着した液体を、右手の紐に擦り付け、紐を腐らせる。

 同じ様に自由になった右手で、U字金具の首枷を引き抜き、体を起こして右手と同じ要領で、両足の紐を切った。

「美佳!」

 美佳の傍へ行き着き、ロープを噛んで、右手で解く。

 まだ、ピクンぴくんと痙攣している白河を見て、美佳には「見るな」と目を覆った。

「行こう。ここから出るんだ」


 右腕一本で美佳を抱きかかえる。

 玄関にまでやってくると、美咲が息を切らせて駈け込んで来た。


「美佳!」

「お母さん!」

 娘を預けると、美咲は目を閉じて抱きしめた。

 しかし、目を開くと、すぐに信一郎の異変に気付いた。

「信ちゃん、その腕!」


「美咲、早くここを出るんだ」

「でも……」

「いいから!」


 一瞬にして、美咲の表情がこわばる。

 その時、信一郎の背後に、上半身が緑色の白河が、熊手を振り上げていた。

 いや、きっと白河なのだろうが、判別すら困難な生き物だ。片方の目玉は垂れ下がり、どろどろと全身が蝋のようにただれている。

「信ちゃん、後ろ!」

 振り向きざまに、信一郎は腐った左腕で、白河を殴った。

 左腕は首にめり込み、大きく口をあけた緑の生物は、その場に崩れ落ちるかにみえた。

 しかし、白河は何者かの植物から伸びた蔦で、羽交い締めにされていた。

 緑の体は蔦に絡まれ、その中でしぼんでゆく。

 最後には液体に戻り、完全に吸収された。