白河はお玉で黄色い液体を掬い、信一郎の右腕に垂らそうと、ゆっくりと近付いた。

 無我夢中に、必死でもがく信一郎。

「止めてー!」

 美佳が甲高い声で叫ぶ。
 白河は気にも留めずに作業に掛ろうとする。


「お父さん! キャアアアー!」


 その時、先ほど垂らした緑色の液体が、信一郎を縛っていた左手首の紐を腐らせた。

 必死で左腕に力を込めると、体の腱が断裂しれたような、ブチッと紐の切れる音。

 勢い自由になった左腕で、信一郎は大声を上げながら、白河のお玉を振り払った。

「な、何をする!」

 弾き飛ばされた緑色の液体は宙を舞い、不意を突かれた白河の顔面に振り掛った。

 お玉が畳に落ち、液体がはねる。

「ぎゃああああ!」

 顔を掻きむしり、のけぞる白河。

 信一郎には、何が起こっているのかも分からない。

 勢い後ずさりした白河の腰に、大瓶の縁が当たった。

 白河は一瞬、はっとするも、体が言うことを利かない。

 ……止まらない。

 緑色の液体が脳裏に浮かぶ。事実、後頭部に迫っていた。

「あああああ!」

 声を出したのも束の間、白河は仰向けに、腰を支点に梃子の原理で頭から突っ込んだ。

 その時の様子は、さながらスローモーションだった。

 回転する白河の表情に、絶望の色が滲む。

 髪の毛から耳、額、と緑色の液体に白河が沈む。やわらかく、包み込むように、開いた眼球が溶ける。

「ぐあああぎゃああああああ」

 足をバタバタとさせるが、大瓶にすっぽりと入り込み、なかなか抜けられない。


「……こぽ、こぽ、ぶく」


 液体の中で発っせられた断末魔だろうか。

 瓶の縁に膝裏を折って、白河は動かなくなった。