ジー……。

 電子ブザーを鳴らす。

「高崎です。白河さん」

 ジッ、ジー……。

「いないんですか。白河さん!」


 信一郎は大声で呼んだ。

 草を刈っているうちに、昨晩、家族を恐怖に陥れた行為に、怒りが込み上げてきたのだ。

 しかし、白河が応対に出てきてからは、努めて冷静を装う。

 白河は玄関まで入って来るように言ったのだが、信一郎の顔を見るなり、明からさまに顔をしかめた。

「何なんですか、貴方は。私の家まで乗り込んで、また植物を虐待しに来たんですか」


「違います。そんなんじゃありません。美佳を……、美佳を知りませんか?」

「美佳ちゃん?」

 白河もようやく聞く耳を持った。

「ええ、そうです」

「どうかしましたか?」

「いなくなったんです」

「いなくなった? それはそれは、大変ですねぇ……」

 信一郎はその時の些細な白河の表情を、見逃さなかった。

 口元の端で、僅かにニヤリと笑ったのだ。


「アンタ、知ってるのか? 何か知ってるんだろ? どうなんだよ!」

「そうですね。知ってますよ。知っていますとも……」

 詰め寄る信一郎に笑いを堪えながらも、どこか見下したような目付きで白河は答える。


「何!」


 信一郎がそう言った瞬間、白河から表情が消えた。

 信一郎は硬直する。

 白河の背中から振り下ろされた棒のようなものが、信一郎を襲う。

 前頭部だった。太く錆びたバネを弾いたような打撃だった。殴られたのだと瞬時に悟った。

 その時の鈍い音も覚えている。額から案外、粘性のない液体が垂れ落ちてくるのも、感じた。

 しかし、その先は何も覚えてはいない。

 最後に見た映像は、白河の履いていたどこにでもある、安物のスリッパの先端だった。