その日から、隣家から人の気配が全くしなくなった。

 それから数日後、引っ越し業者の大きなトラックなどがやってきて、クレーンなどを使い、何人もの作業者が騒がしく荷物を引き上げた。

 そしていつの間にかやって来た不動産業者が家の中を掃き清め、売り家の看板とのぼりを立てて行ったようだった。

 初めから誰も住んでいなかったかのような、きれいで、まっさらな家が、そこに現れる。


 信一郎と美咲には、その家が抜け殻に見えた。そうなっていく過程を、ただつぶさに見守るしかなかった。


 時子が出て行き、まもなく父親と子供もこの家を出たのであろう。

 この家を後にする際の挨拶も何もなかった。

 あんな所を見られた上に、普通に引っ越す訳でも無かったので、仕方が無いと信一郎と美咲は理解していたつもりなのだが、どこか納得出来ないような、整理の出来ない気分になった。



 この家族がいた期間は、本当にあっという間だったに違いない。

 まるで、台風のようだと、信一郎は思った。

 子供がいて、犬がいて……。賑やかな家族だった。

 美咲にとっては、ようやく話が出来る、掛け替えの無いご近所さんだった。


「また、僕たちだけだね」

 ベランダの上から、風にはためくのぼりを見て、信一郎は美咲に言った。

 少し肌寒い風が吹いていた。

 せっかく隣人が出来たと思った途端に、空っぽの家だけが取り残されて、二人とも言葉少なにならざるを得なかった。



第八章

「孤立」

完結