「結局、私がやらなければ、誰もやらないんですよ」

 白河は持っていたスコップを垂直に落とすと、柔らかくなった土に深く刺さった。腰に両手を当てて、公園の外を眺める。

 公園隣にもう一軒、新築の家の外溝工事が進んでいた。

 日中は地面を砕く音がうるさい。

「あなた方に続いて、また、どなたか引っ越されるようですね」

 白河は工事で砕かれて出来た瓦礫を、見つめていた。

 信一郎はようやく他の住人が来るのか、といった心境だった。人のいない静かな暮らしも良いが、分譲地に人が入らないのは、幾何学的に区分された土地を毎日見せ付けられているようで、殺風景この上ない。

 勿論、そういう理由だけではないのだが、不安感を表す具体的な言葉が思い付かなかった。

「少しずつ、この地区も賑やかになりますね」

「騒々しくならなければよいのですが」

 白河は首に掛けたタオルの端で、こめかみの汗を拭った。よく焼けた肌が、影になって見えなかった。

 工事は、急ピッチで進んでいた。

 白河の懸念は、信一郎にとっては期待でもある。
 誰かが来ることによる不安感よりも、ほっとするような気分だったというのが、正直なところだ。

 隣人はこの白河しかいない。奥さんもいるみたいだが、見掛けることすらない。

 信一郎にとって煩い工事の音は、むしろ頼もしい程だった。

 そう、頼もしい……、これが先程思い付かなかった信一郎の言葉に違いなかった。


第六章

「アサガオ」

完結